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グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成

研究班・研究課題一覧

グローバル化時代の多元的歴史学(リーダー:夫馬 進 教授)

15・16・17世紀成立の絵図・地図と世界観(リーダー:藤井 譲治 教授)

15世紀から17世紀にかけての時代は、世界史的にみてグローバルサイズの絵図・地図が多く作成された時代である。アジアでは、世界帝国を形成したモンゴル時代に伝統的な中国中心の東アジア図ばかりでなく世界図がつくられた後を受け、それらにもとづいた地図が明代中国や朝鮮においても作成された。いっぽうヨーロパでは、世界進出による地理知識お拡大にともない、さまざまな世界図が作られるようになった。ヨーロッパ発の世界図はアジアの地図にも広く影響を与え、例えば日本では世界図を屏風仕立てにすることが流行した。また、中国・朝鮮・日本では地域ごとの地図作製も盛んとなり、江戸幕府では日本六十余州の絵図が一国単位でつくられた。

従来の研究では、これらの絵図・地図をそれぞれの分野で個別に取り上げ検討してきた。しかし、巨視的にみると、この時期は世界的な地図作製期であったと想定され、また相互に影響をみることができる。そうして徴証はいくつもみられ、それぞれを専門とする研究者がそれぞれの分野での知識を相互に提供しあい、またそれらの接点を領域横断的に相互に分析・検討することによって、従来の評価とは異なったかたちでこの時代の各地域の人々がもった世界観がいかなるものであったのかが、より豊かな視角と総合的成果をともなって明らかになり、さらにそれらを起点として新たな知見が得られるものと確信する。

[ニューズ・レター 第10号 (2005/02/14)] [活動状況]

東アジアにおける国際秩序と交流の歴史的研究 (リーダー:夫馬 進 教授)

東アジア世界の一角を占める日本は、グローバル化した世界にあってアメリカ、ヨーロッパ世界の諸国さらに西アジア諸国などとより良い国際秩序を形成し、相互交流を図らねばならないことは言うまでもないが、しかし一方、東アジアの諸国たとえば中国・韓国といかなる国際秩序の中で共存し、いかなる交流を図ってゆくのかという問題が、依然として重要課題であることに変わりはない。ところが近年の日本史教科書の再修正要求問題に端的に現れているように、東アジアにおける国際秩序と交流についての歴史については、あまりに理解が食いちがっている。その大きな原因は、第一にこの問題について真の意味で「東アジア」世界に根ざした、あるいは「グローバル化時代」に即した研究が日本においてすら進んでいないこと、第二にこのテーマに関心を寄せる東アジアあるいは世界の研究者による国際研究が、いずれの諸国においても十分に自覚的にはなされていないからである。

本研究は、かつての東アジアにも現在のグローバル世界に存在する問題と非常に似た問題があったと認識し、大テーマである「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」に対して、歴史的なアプローチを試みるものである。

[ニューズレター No.4 (2006/03/31) ] [活動状況]

ヨーロッパにおける人文学知形成の歴史的構図 (リーダー: 南川 高志 教授)

文学研究科西洋史学専修が中心となって活動した「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」研究会は、前世紀の終わり頃から統合に向かってめざましい変化を遂げつつあるヨーロッパを、歴史学の観点から改めて捉え直すための多面的な研究をおこない、多くの具体的な成果を上げた。本研究会はその問題関心と成果を受け継ぎ、さらに深化しようとする試みであり、ヨーロッパ文明の最高の産物といって過言でない「人文学知」(humanities)を取り上げる。ここでいう人文学知とは、具体的には古代ギリシアにおいてパイデイアとして誕生し、ヨーロッパの歴史的歩みの中でいわゆる人文学的教養として発展してきたものである。かの歴史家ヤーコプ・ブルクハルトは、ヨーロッパの社会は古代ギリシア以来の古典的精神を受け継ぐ者によってのみ形成され、この精神の連続性こそがヨーロッパのヨーロッパたる所以であると喝破したが、人文学的教養はまさにこの精神の基盤であり本体でもあって、ヨーロッパをヨーロッパたらしめている本源的なものとみることができる。しかし、その内実や意義は、同じヨーロッパにありながら、地域や時代によって大きく異なるばかりでなく、ブルクハルトより1世紀以上の年月を経た今日、改めてヨーロッパにおけるその歴史的意義が問い直される必要があろう。

本研究では、ヨーロッパ史上の各時代や地域における人文学的教養の様態やその特質を明らかにすることにまず努めることとなる。その際、人文学的教養の内実だけではなく、その創造者や担い手に着目し、時の政治的社会的な状況との関係を重視して、その形成と発展を解き明かすことを試みる。例えば、古代ローマ社会にあっては、修辞学を核とする高度な人文学的教養は、元老院議員身分を中心とする帝国エリートによって担われ、同時に彼らにとってそれがエリートたる証となっていたのであった。また、19世紀から20世紀初め頃の西欧諸国においては、古典学の教養が大学、およびその前段階である中等教育機関によって熱心に教授され、それぞれの国の指導的人物の養成に重大な関係を有していただけでなく、そうした「教養」を持つ上層の人々をそれ以外の人々から社会的に区別する規範ともなっていた。従って、本研究会では、古代から近・現代に至るまで、人文学的教養の担い手となった集団を正確に把握し、その構造から心性まで広範囲に問題とし、厳密に分析することが重要である。

本研究会の活動は、さらに進んで、高度な教養の担い手として想定される貴族やエリート階層にとどまらず、広く一般の人々の「知」の様態にも目を向け、リテラシーの問題も念頭に置きながら、各時代・社会における教養の形成・獲得の過程を立ち入って検討することへと向かう。そこでは、古代ギリシアの「学塾」から近・現代の大学教育まで検討の対象となり、近年の教育社会史的研究の諸成果も参看されることとなろう。とくに、大学が有する人文学知形成の意義を歴史的に問うことは、世界史の中でもでもとりわけヨーロッパ史上において初めて充分に可能な作業であり、また今日のわが国の大学や社会にとってもきわめて有意義な考察となる。

ヨーロッパを、「人文学知」の観点から問い直そうとするこの研究会の試みは、ヨーロッパ人でない研究者がヨーロッパの本質を問い直そうとする挑戦といってよい。この試みを効率的におこなうためにも、また独善に陥らないようにするためにも、ヨーロッパ人研究者の研究協力は必須であり、このために、研究会は構成員による海外調査や外国人研究者を招いての国際シンポジウムの開催を予定している。

以上のような活動目標とその実践によって、グローバル化した現代における人文学知の意義を再発見できると同時に、変化しつつあるヨーロッパの本質に関して新たなる認識を得られるものと期待される。

[ニューズレター No.8 (2007/02/20)] [活動状況]

歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ (リーダー:服部 良久 教授)

政治・経済・文化の諸次元における「グローバル化」の波をうけて、歴史研究者がこれまで暗黙の前提としてきた近代国民国家(あるいは近代歴史学)の価値観や枠組みが、今日深刻な動揺にさらされている。例えば、ヨーロッパ連合の成立は、西洋史研究者が対象とする現実の歴史空間を大きく変容させた。このトランスナショナルな共同体はアイデンティティ複合(地域・国民国家・ヨーロッパ連合)の問題を顕在化させただけでなく、「彼らの内なる非ヨーロッパ的要素」との相克をいっそう深刻なものにしている。拡大EUという「複合的大地域」がはらむこれらの矛盾に関しては、すでに社会学や国際政治学からの同時代的・空間的分析があるが、歴史学の立場からはこれをいかに捉え返すことができるであろうか。例えば、古代史をはじめとする前近代史からは、各時代のリージョナル・ナショナル・トランスナショナルな結合のあり方を探り、近代以降にイメージされるヨーロッパ像を解釈し直すことも一つの方法である。また、今日の西洋史研究者が研究対象とする空間は、狭義のヨーロッパをはるかに超えた広領域にわたっており、これらの地域から「ヨーロッパの自己意識」を問い直すことは、西洋史研究の自己検証に不可欠な作業となる。

本研究は、非ヨーロッパ人という距離感覚を生かしつつ、また安直なオリエンタリズム批判にも陥ることなく、ヨーロッパ・アイデンティティの特質を捉えようとする。その際、今日のEU拡大と密接に結びついたヨーロッパ・アイデンティティや、その影響下に進められている新しいヨーロッパ史研究の動向を検討することのみならず、上に記したように、前近代の様々な時代、地域における多様なアイデンティティの重層的、複合的関係をも明らかにすることをめざす。このような多様なアイデンティティを規定する要因として具体的には、歴史意識、神話と伝承、言語マイノリティ、地域と国家の関係、人と物のトランスナショナルな動き、植民地と帝国、移民など、現代世界に連なる様々な問題をとりあげる。

研究遂行に際しては、狭義の西洋史以外の研究に従事するメンバーの参加により、ヨーロッパ史をその外部より捉え直すこと、ヨーロッパ人研究者との交流・共同研究をもおこなうことにより、外国史研究としての本研究の意義を確認すること、グローバル化やアイデンティティについて新しい感覚を持つであろう大学院生など若手研究者をメンバーとして、また随時研究会参加者として加えることにつとめる。

本研究は,その成果をふまえて、最終的には21世紀にふさわしい世界史像の構築に向けた提言をおこなうことを目指すものである.

[ニューズレター No.7 (2004/06/16)] [活動状況]

王権とモニュメント (リーダー:上原 真人 教授)

自給的で完結していた小地域が異文化に触れ、世界観に180度の変換を迫られる。これを地域ごとの目、すなわち多元的人文学の見地から見たグローバル化と捉えれば、歴史的には、各時代、各地域にグローバル化があったことになる。とくに王権の伸張が、広域的領土支配を生み出したときは、かつての小地域は予想もしなかったグローバル化の荒波にさらされることになる。その小地域の目で見た時、王権はモニュメントで象徴されることが多い。

王権は政治力・経済力、宗教的権威など各種の権力によって支えられる。そうした諸々の権力を、目に見える形で示した建造物がモニュメントである。しかし、モニュメントは単なる王権の象徴ではなく、モニュメントの造営がその権威を保証し再生産する機能をになう。それは王権の由来を語り確認する神話や儀礼が、王権を保証し再生産することに共通する。しかし、言語や所作は記録に留めない限り消滅する。これに対して、モニュメントは王の死後も存続し、機能が消失してもランドマークや遺跡として残ることが多い。また、モニュメントは時代、地域を問わず世界中に存在する。ピラミッド、神殿、モスク、古墳、廟、寺院、教会、宮殿、城郭、競技場、議事堂、石碑、凱旋門などがそれに該当する。本プロジェクトは、そうしたモニュメントと王権との関係を、文献・建築・考古などの諸分野を総合し、時間的、空間的な広がりの中で、その共通性と相違点を具体的に解明することを目的とする。

[ニューズ・レター 第11号 (2006/01/31)] [活動状況]

帝国システムの政治・文化的比較研究 (リーダー: 杉本 淑彦 教授)

人類はこれまで、いくたの帝国の興亡を経験してきた。そして今日でも、「帝国」は死滅せず生命力を保ち続けている。植民地支配は、すくなくとも政治的支配という意味では、ほとんど地球上から消滅したのだが、「帝国」という用語でもって理解されるシステムは、現在でも存続しているのである。しかし、今日のグローバル化時代の帝国システムは、それ以前に存在してきた帝国システムとは異なるものになるのかもしれない。

グローバル化時代以前、つまり前世紀中葉までなら、それぞれが自己充足的のものであろうと、あるいは相互連関的なものであろうと、複数の帝国システムが、同時に並列して地球上に存在してきた。古代では漢帝国とローマ帝国が並存し、また、イスラーム世界帝国をあいだに挟んで、西にはビザンツ帝国や神聖ローマ帝国、ハプスブルク帝国が、東には中華帝国(隋唐、宋、元)やモンゴル帝国が並存していた時代があったのである。グローバル化時代直前には、イギリスやフランス、ドイツ、イタリア、ロシア、さらにはアメリカが、争いながら領土・植民地拡張を通じてそれぞれの帝国システムを構築していた。近代帝国主義時代とよばれる時代のことである。やがてこれらの西洋起源の帝国システムは、オスマン帝国を襲い、さらに東方の清帝国をも脅かしていく。日本が独自の帝国システムを築くのも、この時代である。

第二次世界大戦までは複数が並存してきた帝国システム。そのシステムは、グローバル化時代に入るとどのように変容するのだろうか。単一の帝国システムが地球全体を覆い尽くすのか。それとも人類は、多元的世界を志向して、性格の異なる帝国システムが並存するという経験を続けるのだろうか。

本研究は、古代から現在にいたるさまざまな帝国システムの比較研究をおこなうことを通じて、帝国システム間の相互影響作用や、帝国システムが有する功罪の検証などをおこない、そのうえで、グローバル化時代に入っての変容を展望しようとするものである。

いいかえれば、本研究の分析枠は三つからなっている。過去生起した帝国システムの比較検討。これがまず一つ。第二は、ふつう帝国主義とよばれる19世紀近代の帝国システムそのものと、それが現在につながる時代に及ぼした功罪の分析。最後は、これが本研究のもっとも重要な分析枠だが、第2次世界大戦後加速するグローバル化のなかで、アメリカを中心とした現代の国際的な支配秩序がいかに形成され、変容していくのかを検討する。アメリカを中心としたそのような支配秩序を帝国システムととらえることの当否を含めて検討することが、第三の分析枠では必要となるだろう。

また本研究では、帝国システムを政治的かつ文化的な側面から総合的に把握するために、狭義な意味での歴史研究だけでなく、ポスト・コロニアル理論などの文学研究との協同をもおこなう。

経済史・政治史研究からスタートした帝国研究は、近年、社会史・文化史研究へと広がり、その内容を豊かにしつつ総合化への段階に入ったといえる。また、昨年末からにかぎっても、山本有造編『帝国の研究―原理・類型・関係』(名古屋大学出版、2003年11月)や、山内昌之『帝国と国民』(岩波書店、2004年4月)など、優れた研究書の公刊があいついでいる。本研究は、政治史や国際関係史、社会文化史など各分野の研究者の参加をあおぎ、帝国研究が突入したあらたな地平をさらに広げることを目指すものである。

[ニューズ・レター 第16号 (2007/01/11)] [活動状況]

多元的世界と哲学知(リーダー:川添 信介 教授)

現代科学・技術・芸術と多元性の問題 (リーダー:伊藤 邦武 教授)

現代文化の特徴の一つとして、グローバルな規模での一元化の動きとこれに対抗する多元化の運動との緊張、軋轢ということがあげられるであろう。このことは、科学、技術、芸術など、現代の広い領域にわたる文化全体に見られる特徴である。本研究会では、このような緊張にたいする意識の重要性を認めたうえで、一般に科学、技術、芸術において一元的傾向とみなされているものの具体的なありかたを検討し、われわれの通念となっている一元性への信仰が一種の「神話」と化していることを、広範な具体例に照らして明らかにしようとするものである。すなわち、現代科学における「方法」としての一元性、技術における「標準」としての一元性、あるいは芸術における「美の規範」という一元性が、いずれもある種のバイアスのもとでのみ認められるものであり、文化の実態の理解としては偏ったものであることを明らかにしようとするのである。

本研究会では、以上のような実証的研究と平行して、「多元的な真理や価値」という概念の分析的な研究もおこなう。世界のありかたや価値の意味について多元的な観点を採用することは、哲学的にはいかなる存在論、認識論を前提にすることなのか。この問題を追求することによって、一元性神話の解体に向けた研究が、同時に多元的世界像構築の基礎づけともなることを目指そうとするのである。

[ニューズ・レター No.18(2007/01/05)] [活動状況]

規範性と多元性の歴史的諸相 (リーダー:川添 信介 教授)

われわれの研究会は、現代世界において、たとえば伝統文化の「多様性」・「多元性」とグローバリズム的「一元性」・「普遍性」の相克に見られるような、両者の対置をすぐれて基本的な問題ととらえて、その本質を歴史的諸事象に遡行して検討し、本来あるべき調停の方向への示唆を得ることに努める。研究は、当初次のような二つの視点を設定してこれまでの研究成果の蓄積に立った問題集約に努めつつ、漸次議論の総合化を図っていくものとする。シンポジウム・研究会などは原則として合同で開催し、相互の意見交換を積極的に行うことで、思想・文献研究と図像中心の研究との結合にも取り組む予定である。

A) 哲学知の継承と変容: 異文化とのたえざる接触・融合の中で、多様な事象への関わりが哲学知へと収斂していく過程、および世界の多様性への認識においてそれが活性化されつつ展開されていく過程の解明、西洋中世スコラ哲学においてキリスト教信仰を前提とした哲学知が、「異他的なるもの」特にアリストテレス哲学とどのように接触しそれらを受容していったかの解明、ヨーロッパ近世、とりわけ17世紀の啓蒙思想において非ヨーロッパ世界との出会いが何をもたらしたのかの解明などに重点を置き、世界の多様性の中で哲学知がいかに変容しつつ確保されていくべきかを探る。

B) 藝術作品における規範と創造: 過去の美術の世界においては、洋の東西を問わず、規範とされる作品が存在し、美術家たちは、それらの作品を手本としつつ創作を行うことが求められてきた。その一方で、規範は、しばしば、藝術の自由な展開を拘束する足枷とも見なされ、美術家たちはそれに反発を覚え、より自由な作品の創造へと向かったのである。しかし、元来は規範への反発から生み出された作品も、後世に新たな規範としての地位を獲得するということもけっして珍しくない。こうして多様な規範が存在するようになるのである。こうした視点から、西洋におけるイタリア美術と北方美術との関係、および、日本における和様彫刻ならびに狩野派絵画と中国美術との関係などの具体的・歴史的事例に即して、規範の作用と反作用の交錯の場としての創造の力学を考察する。

[ニューズ・レター 第5号 (2004/10/22) ] [活動状況]

多元的世界における寛容性についての研究 (リーダー:芦名 定道 助教授)

現代世界におけるグローバル化の進展は、アメリカの政治軍事力を背景にして、アメリカ的価値観をスタンダードとする文化的運動を引き起こしている。そのなかで地域固有の「ローカル文化」と世界的規模をもつ「普遍文化」との表面上の相克は激化しているように見える。人種、民族、性、宗教といったカテゴリーが歴史的につくりあげてきた人間集団の実体化と相互対立が、21世紀の現代世界の一つの特質となっている。また国民国家の成立によって均質化されたはずの国民社会内部においても、その支配的規範から逸脱してみずからをマイノリティとして積極的に差異化していく下位集団が続出している。

本研究は、こうした異なった価値意識や社会規範、行動規則などをもつカテゴリーに属する人々同士が、日常的実践のなかでいかに、世界観を競合させながら折り合いをつけていくかという社会過程に注目する。そして寛容性をキーワードにして、異なったシステムとそれにもとづく実践が、現実社会のなかでいかにして再編成され社会秩序を生成していくかについて、実証的な研究を行っていく予定である。

具体的には、現代日本社会内部で逸脱者と見なされる人々に対するマジョリティの側の対応の仕方を調査して、社会の寛容性の度合いを実証的に分析する共同調査や、世界宗教としてのキリスト教が、欧米を中心とする近代化の文化要素として韓国やアフリカ社会に浸透して行く過程で、先行して定着していた諸要素とのあいだでどのような軋轢を生み、それがどのように再編成されていったのかについて解明しようとする共同調査などが計画されている。

[ニューズレター No.19 (2006/10/10)] [活動状況]

新たな対話的探求の論理の構築 (リーダー:片柳 榮一 教授)

現代の科学技術の発達は、世界的規模の文化的経済的交流を促進させ、異なる文化、異なる世界の発見、出会いを可能にし、また不可避にしている。グローバルな広がりを持った多元的な世界が我々の前に開かれつつあるが、この世界の多元性はまた、激しい抗争と対立の危機をも孕んでいる。

また最近の科学技術の発展は急速なものがあり、それがもたらす成果は(殊に生命科学、情報科学の領域で)我々の期待を越えたものがあり、我々の常識を覆すのに十分なものである。世界は我々のこれまでの尺度と常識を越えた多様な豊かさをもった、未知を含んだ多元的なものとして現れている。そしてここでも、人間の生きられた自然と、科学の切り開く自然との埋めがたい溝が多くの問題を引き起こしている。我々は世界の認識においても、生の倫理的問いにおいても、また文化・制度に関わる営みにおいても、根本的な再点検を迫られている。

グローバルな統一の可能性を秘めつつ、危機をも孕んだ多元的な現代世界に生きる我々には、この多様で複数の中心を持った「他なるもの」からなる世界に対応しうる柔軟且つ強靱な探究の論理が、新たに求められている。それはすでに確定した真理の拡大をもっぱらこととするのでなく、また傍観者として真理の相対性を説くのでもなく、他者と対話しつつ、真理を探求する者の論理である。かつてプラトンが実在世界を探求する思考法を対話的思考法(ディアレクティケー)と名付けたのに倣うなら、新たな対話的思考法、新たな対話的探求の論理が求められる。

この研究会においては主として三つのテーマが問題にされよう。一つはこれまでの歴史の中で、多様なる世界との出会いの経験の中から生まれた探究的思想を現代の視点から読み解く作業である。(例えばプラトンの対話的思考法、古代イスラエル預言者の宗教思想、クザーヌスの「知ある無知」の探究法、ヘーゲルの弁証法等々)。

第二は、「他者論」「多元主義」を中心とした現代思想の焦点となる問題をめぐる議論である。西欧思想を規定した同一性へ還元できない「他なるもの」に対面する在り方を探る「他者論」の試みや、排他的絶対主義や傍観者的相対主義に堕さない「多元主義」の求めは、この研究会の基本的主題である。

第三は、日本近代の哲学思想の中で追求された「対話的探究の論理」の見直しの作業である。ここでは西田、田辺、波多野などの京都学派の哲学思想の再吟味が主として為されることになろう。

この研究会は、若い研究者(オーバードクター、大学院博士課程の学生)の積極的な参加を予定している。また発表の機会もなるべく多く設けたい。そうすることによって、それぞれの専門研究の彫琢、完成が早められることを願うからである。

[ニューズレター vol.16 (2005/10/31)] [活動状況]

文学と言語に見る異文化意識(リーダー:西村 雅樹 教授)

ユーラシア古語文献の文献学的研究 (リーダー:吉田 和彦 教授)

人間が過去の事物に関心を寄せるひとつの理由は、不確かな現代を理解し、未来を予測するための何らかの材料が過去の事物に隠されていると信じるためである。そして研究者は文学、歴史学、仏教学、言語 学などさまざまな領域を通して過去を扱う。ここで使用される古文献の多 くは、どの領域においても一度は文献学的手法を用いて研究資料として利用可能な程度のテキスト化(転写、翻訳、注記、校訂など)がおこなわれる。だが、そのような研究資料の多くは個々の研究者によって作成されたままで、一般に公開されることは少ない。

本研究では、ウイグル語、ヒッタイト語、古ロシア語などのユーラシア古語テキストに対して、文献学的な検討を加え直したうえで、整備されたかたちで公開し、各領域を通して共有できる資料を作成することを目ざす。文献の種類によってはテキストの提出が非常に困難な作業であり、それ自体が主たる研究目的となるものがある。そのような作業に対してはそれを円滑に進め、成果の公開を促す環境を整えたい。また、提出されたテキストを基礎にした、特定のテーマについての体系的な文献学的研究も推進していきたい。さらに、言語の種類とテキスト化の関係については、これまであまり議論されることはなかった。ここではテキスト化が言語によって如何に異なる手法をとるかについて考察し、各言語に共通するテキスト化の手法の開発を検討したい。

古文献の文献学的整備とその公開は、過去を扱う各領域の研究に直接役立ち、グローバル化時代の通文化的な研究への基礎的研究として有意義な役割をはたすだろう。また若手研究者の育成に向けても、重要な研究資料として位置づけられるであろう。

[ニューズレター No.18 (2006/07/24)] [活動状況]

極東地域における文化交流 (リーダー:川合 康三 教授)

今日の広範なグローバル化とは同列に論じられないにしても、過去においても文化は常に外へ拡がろうとするものであり、そこに生じた接触によって個々の文化が展開してきたのだった。その様相を顧みれば、交通・通信が現在のように発達していない時代にありながらも、文化交流の活発さには驚くべきものがある。我々は地域を極東に絞り、その地でかつて行われてきた文化の交わりを様々な相から考察する。中国の文化・学術を周囲の日本や韓国などはどのように受容したのか、中国の文学は日本の文学にどのように取り込まれたのか、或いはまた日本における西欧近代の摂取はどのように中国に伝わったのかなど、参加者それぞれの関心をもとにした多様な交流のありさまが対象となる。研究会の活動を通して個々の研究を推進するとともに、分野・領域の異なる研究の最新の成果に触れることによって、新たな視点を獲得し、従来の枠組みを越えた展開を目指す。

研究会では毎回一人が研究発表を行い、全員で討論する。また随時、国内外の研究者を招いてスピーチをお願いする。文学研究科教官を中心とするこれを「乾の会」と称する。

また研究会と並行して、「漢和聯句」の会読を若手研究者を交えて進める。中国の聯句と日本の連歌とが合体したこの様式は、中国と日本の文学の関わりを見るうえで好個の材料であり、詳細な訳注の刊行を目指す。これを「坤の会」と称する。「坤の会」は大谷・川合が中心となり、国文・中文のOD・DCを加える。訳注の刊行という明確な成果のみならず、若手研究者の育成というもう一つの成果も目指す。「乾の会」と「坤の会」の構成員は二つの会に自由に参加できる。

[ニューズレター 第12号 (2005/09/20) ] [活動状況]

古代世界における学派・宗派の成立と<異>意識の形成 (リーダー:赤松 明彦 教授)

古代世界において成立してきた哲学の諸学派(school)や宗教的各派(sect)の初期の成立史を文献資料に基づき検証する。主として厳密な文献学的方法に基づき、諸言説の聖典・経典化のプロセス、伝統の形成過程、正統説と異端説の分岐、他者の見解の取り込みによる統合など、その展開過程を詳細に分析することによって、学派・宗派の成立─これは同時に<学>や<教>それ自体の成立の歴史でもある─のダイナミズムと、そこに見出される<異>意識の構造を明らかすることを本研究会はその目的とする。当面は、主としてインド・チベット・中国というアジア世界を対象領域とするが、「学派の成立」を世界史的に考察する上で欠かすことのできないギリシア世界については、学外から専門研究者の参加をえた。

本研究会の中心的メンバーは、インド世界を対象とする研究者であるが、古来「多言語・多宗教・多民族」の世界であったインド世界の研究者が、「グローバル化」をテーマとする本COEプログラムに積極的に関わるのは当然のことであろう。今日のグローバル化が、ともすれば越境・混成的な側面を持つものとして見られることが多いとするならば、古代インド世界の場合にも、確かにそのような現象(<普遍>の地域・土着化)を見出すことは容易であるのだが、そこでは、一方で必ず「<特殊>の正統・普遍への融合」=サンスクリット化の運動が見られたことはよく知られているところである。土着化とサンスクリット化という、この両方向の運動を、「学」の成立のプロセスの中にも探り、その具体的な姿を明らかにしようとするのが、本研究会の目指すところである。単なる文化相対主義は自文化中心主義へと容易に転換する。また、強大な力を笠に着た普遍主義の押し付けは帝国の再来でしかない。真の「グローバル化」は、正反対のベクトルをもった運動の絶えざる往復運動の場においてはじめて可能となるに違いない。本研究会は、このような多元文化の未来の可能性についても検討の対象としたい。

なお、本研究会は、人文学分野におけるオンライン共同研究会(英語・日本語併用)の試みとして、その第一段階では、現行のネットワークシステムでも可能な、メーリングリストとホームページ(あるいは掲示板書き込み)による共同研究会を実施し、研究会を重ねる過程で、順次、次の段階への技術的発展、つまりXML文書によるファイルの作成、原文テキストの作成、訳注の制作、さらにWEB利用による議論・提案・修正などの複数意見のテキストへのタグ付き書き込み、それらをネットワーク上で同時に実現するシステムの試験的実施・改良・構築をも目指すこととする。

[Newsletter No.8 (2005/10/17)] [活動状況]

文学と言語を通して見たグローバル化の歴史 (リーダー:中務 哲郎 教授)

近年グローバル化と言う言葉が頻繁に使われるようになったが、情報が瞬時に世界中に行き渡り、共通の基盤に立って考え行動できるとしてこれを歓迎する人々がいる一方で、グローバル化とは固有の文化を圧殺するもので、名前を変えた植民地主義だとする立場もある。いずれにせよ、このような現象は昨今に始まるものではなく古代から存在したので、その正確な理解なくしては今日のグローバル化の実体を把握することも、それを正しく導くこともできないであろう。世界を一つにしようとする志向が働くとき、政治・経済・社会の一大変動が引き起こされるが、本研究会ではテーマを絞って、言語がどのように変質し、精神活動がどのような新たな展開を遂げ、どのような文学・芸術が生み出されるかを考察する。

[ニューズ・レター No.6(2006/01/27] [活動状況]

「翻訳」の諸相 (リーダー:若島 正 教授)

言語を伝達の媒体とするとき、「異」を自らのものとするために、必ず「翻訳」という作業が現れる。このようにして生み出される産物は、翻訳に用いられた原典がもっていた地位を超え、移植された文化圏において大きな影響を与えるに至ることすらありうる。それはなぜか。どのような文脈におかれたとき、「翻訳」は新しい意義を賦与されるのか。さらに、「翻訳」に用いられた「原典」資料はどのような姿をとっていたのか。文化圏間で文献の移植が起きるとき、文字はどのように処理されるのか。本研究会では、以上のような問題意識に基づいて、異なる文化圏間で言語移植された文献としての「翻訳」を広い視野と多様な角度から究明することを主たる研究目的とする。さらに、「原典」のさまざまなヴァージョンとしての草稿や、写本などをめぐる問題も取り上げる他、高度情報化時代において急速に言語情報のデジタル化が進行しつつある現在、原資料そのものをどう扱うかという技術の問題や、新しい文献の姿としての電子テキストをめぐる問題も研究の射程範囲としたい。

具体的な研究活動としては、以上のような包括的なテーマを討議する全体会議を設ける一方で、そうした諸問題が交差する翻訳文献を一つテキストとして選び、集中的に研究・討議する研究班を会の中に組織する。現在予定しているのは、Alexandr Pushkin. Eugene Onegin. Translated from Russian with a Commentary, by Vladimir Nabokov. Princeton University Press. 1975.である。

[ニューズレター 第19号 (2006/03/16)] [活動状況]

言語と論理における普遍性と個別性 (リーダー: 田窪 行則 教授)

言語はその文法形式面においては、単に意味を持った音声形式が階層的に構成されたものにすぎず、しかも、その階層的な構成は非常に制約されたものである。そのような言語構造を用いて、意思疎通や、論理推論を含む思考活動が可能になるのは、言語形式の制約と意味・推論構造の制約が一定の写像関係を持つからである。また、個々の言語はこのような形式的・意味的制約を共通に持ちながら、語彙の実現、運用に関する規則などさまざまな変異を見せる。本研究では、諸言語における言語形式の構造制約と論理意味論的制約との関係、さらにこれらの個別言語における変異のあり方を、論理学、理論言語学、記述的言語研究の立場から探求し、人間の言語と論理における普遍性とその可能な変異について考える。また、このような研究全体を科学方法論の立場から分析することによって、科学としての言語研究のあるべき姿を追求する。 

[Newsletter No.2(2006/01/31)] [活動状況]