『国史論集 ―赤松俊秀教授退官記念―』赤松俊秀教授退官記念事業会、1972年

日本史学専修ウェブサイト 『国史論集 ―赤松俊秀教授退官記念―』赤松俊秀教授退官記念事業会、1972年

赤松俊秀「平清盛の信仰について」
林屋辰三郎「献呈論文古代史研究に於ける史料 ―三、四世紀の日本―」
坂元義種「倭の五王の外交 ―司馬曹達を中心に―」
吉田晶「毛野地方の部民分布について」
門脇禎二「いわゆる「難波遷都」について」
八木充「孝徳紀の叙述と編成」
上田正昭「和風謚号と神代史」
秋山日出雄「平城京と条里制地割」
直木孝次郎「磐之媛皇后と光明皇后」
鎌田一「律令国家の浮逃対策」
岸俊男「右京計帳手実について」
丹生谷哲一「争戸について ―律令的良賎制成立過程の一側面―」
栄原永遠男「行基と三世一身法」
薗田香融「知識と教化 ―古代仏教における宗派性の起源―」
平岡定海「奈良時代に於ける釈迦信仰について ―東大寺大仏の造顕と釈迦信仰の関係―」
和田萃「大和国府について」
野田嶺志「九世紀における農民支配の変質 ―「公民」から平民百姓へ―」
小林昌二「公営田政策の前提」
佐藤宗諄「不堪の成立」
米田雄介「栄山寺の興福寺末寺化をめぐって」
田中文英「院政期貴族の帝王観」
楠瀬勝「知行年紀制の発生に関する考察」
井上寛司「弘福寺領大和国広瀬庄について」
井上満郎「『洛陽田楽記』をめぐって」
工藤敬一「中世宇佐宮領編成の一・二の特質」
大石良材「九体阿弥陀堂小論」
上横手雅敬「建久元年の歴史的意義」
毛利久「美術史料としての浄土寺縁起」
田中稔「裁判至要抄に見える権について」
川岸宏教「聖霊院太子講式について」
平松令三「高田専修寺の草創と念仏聖」
国守進「弘安八年周防国与田保田検帳」
泉谷康夫「東大寺領大和国河上庄の構造」
井上良信「日野資朝小論 ―南北朝時代公家動向の一側面―」
黒田俊雄「建武政権の所領安堵政策について ―一同の法および徳政令の解釈を中心に―」
村山修一「妙法院古文書若干について」
松山宏「伊賀における守護所の自立」
熱田公「室町時代の高野山領荘について」
三浦圭一「一四・五世紀における二毛作発展の問題点」
丸山幸彦「近江国得珍保野方諸郷における農業生産のあり方」
朝倉宏「大和の境域について ―曽爾・御杖・竜口を中心に―」
田端泰子「中世畿内における借銭・借米の位置 ―天文十五・六年の場合―」
大山喬平「中世末期の地主的土地所有 ―美濃国竜徳寺の売券―」
藤井讓治「戦国時代の加地子得分」
石田善人「播磨国衙と称名寺について」
上島有「東寺百合文伝存に関する二・三の問題」
朝尾直弘「織豊期の堺代官」
稲本紀昭「豊臣政権と島津氏」
児玉識「毛利・小早川氏と真宗 ―山口端坊文書の分析―」
横田健一「小倉家文書について ―上杉景勝・上杉鷹山関係史料の若干―」
松尾寿「狂言固定の歴史的前提」
細川道夫「近世美濃における本願寺教団の発展」
北西弘「幕藩制下の仏教 ―宗旨・寺替をめぐって―」
今中寛司「徂徠先生年譜細君墓表神主一巻」
三宅正彦「安昌益の史料と儒教思想」
柴田実「高槻藩の心学禁令と手島堵庵「社約」の成立」
時野谷勝「天満天神社と大坂町人 ―大塩の乱前後における―」
高瀬重雄「近世における地球計測の一例 ―加賀藩士遠藤高璟の場合―」
前田保治「文久元年の高山銀絞吹所経営改革」
小葉田淳「幕末、薩摩藩の鋳銭について」
酒井一「摂津国一橋領知の石代」
ひろた・まさき「福沢諭吉の少年時代」
有泉貞夫「宝祚節不制定始末」
杉井六郎「D.W.ラーネッドの政治学講義について」
彭沢周「伊藤侯の訪英について」
江口圭一「一八九七年の営業税反対運動 ―その若干の局面について―」
山本四郎「厦門事件について」
埜上衛「明治期の公共図書館」
松尾尊兌「大正デモクラシーの一水脈 ―石橋湛山とその先行者たち―」
田中真人「昭和初期の石川三四郎 ―個人紙『ディナミック』の紹介を中心に―」
里上竜平「国家総動員に関する一考察 ―「国家総動員法」成立前―」