キリスト教学専修ウェブサイト 研究室紹介

8.キリスト教学

本講座は、大正11(1922)年5月、宗教学第2講座(基督教学)として設置された。昭和52(1977)年度以後は、表記を「キリスト教学」に改めている。キリスト教神学とは区別されるキリスト教学の名称と専門的学術的教育・研究機関としてのキリスト教学講座とは、世界でも最も早い成立の1つであろう。キリスト教学講座は、わが国の国立大学においては現在なお他に存在しない。

明治40(1907)年に創設された宗教学講座において、既に、ギューリック(Sidney Gulick)講師、続いて日野真澄講師によるキリスト教教理史、教会史の講義が行われていたが、ドイツ留学中に宗教史学派の原始キリスト教研究にふれ、明治41(1908)年に『基督教の起源』を著していた波多野精一(1877~1950)が大正6(1917)年12月に宗教学講座に着任してから、初めて専任者によるキリスト教学の授業が行われることになった。このことは、文学部においてキリスト教研究の重要性が早くから認識されていたことを示している。

このような背景で、キリスト教の学術的研究のため寄付された渡辺荘奨学資金により、大正11(1922)年5月本講座が宗教学第2講座として設置され、波多野がこの講座を兼担することになった。波多野は、原始キリスト教、パウロおよぴヨハネの宗教思想、宗教思想史等について講じ、退官後発表された『時と永遠』(1943年)のような、キリスト教の立場に基づく宗教哲学をも構想しつつあった。波多野の厳密なテクスト読解と深い宗教哲学的思索とが、本講座の礎石を据えたといってよい。波多野は、昭和2(1927)年、本講座の兼担を解かれて分担となったが、昭和12(1937)年3月には宗教学第1講座から本講座の担任者となり(第1講座を分担)、本講座は初めて専任教授を持つことになった。しかし同年7月に波多野は停年退官し、昭和23(1948)年まで講座担任者のいない状態が続くことになった。

この間、大正13(1924)年から講師を委嘱されていた山谷省吾と、昭和12(1937)年講師となった松村克己とが講座を護ることになった。山谷は新約学を講じ、『パウロの神学』(1936年)で昭和12(1937)年文学博士の学位を授与された。松村は理論的体系的見地からキリスト教の根本問題の究明に当たり、昭和17(1942)年には助教授に任じられた。その主著は、『根源的論理の探究』(1975年)である。しかし山谷講師は昭和21(1946)年に退職し、松村も同年占領政策に基づく休職を命じられ、やがて退職するに至った。

11年間にわたって担任者を欠いていた本講座は、昭和23(1948)年、有賀鐵太郎(1899~1977)を教授に迎え、再建の道を歩むことになった。教父学を中心とするキリスト教思想史を専門とする有賀は、『オリゲネス研究』(1943年)で教父思想研究の立場を確立するとともに、ヘプライズムとヘレニズムとの歴史的交渉を究明し、キリスト教思想の根底にヘプライズムに発する独特の思想、ハヤトロギアがあることを解明した。『キリスト教思想における存在論の問題』(1969年)はその成果である。有賀の時代から教父学を専門とする学生が出始め、本講座の1つの特徴となっている。また、本講座から専攻学生が出るようになったのも、有賀の時からである。それまでは、キリスト教学を学ぶ学生も区別なしに第1講座に所属していたからである。

有賀が昭和37(1962)年に停年退官した後、同年11月、昭和32(1957)年以来本講座の助教授であった武藤一雄(1913~1995)が教授に任じられた。武藤は、キェルケゴールの研究で優れた業績をあげていたが、本講座では特にキリスト教思想の根本問題を究明し、『神学と宗教哲学との間』(1961年)で、キリスト教学の理念と方法の基礎づけを行った。キリスト教思想の歴史的研究とともにこれを媒介しつつ、単なる神学的研究にとどまらない宗教学的・宗教哲学的研究を行うという本講座の目的と理念は、ここで確立されたといってよい。武藤の時代から専攻学生の数も増え、専攻分野も多彩になった。武藤は退官後も多くの著作で、神学圏を超出することによって諸宗教にも開かれた、聖霊論に基づくキリスト教的宗教哲学の立場を切り開こうとしている。

武藤のもとで昭和50(1975)年助教授に任じられた水垣渉は、昭和52(1977)年停年退官した武藤の後を受けて昭和56(1981)年、教授となった。水垣は『宗教的探求の問題 ― 古代キリスト教思想序説』(1984年)で、キリスト教思想の成立と形成の根本動機を「探求」に求め、ヘブライとギリシアの背景から教父思想に至るその発展を跡づけるとともに、さらに広くキリスト教思想史一般の解釈に及ぽそうとしている。

キリスト教の本質と現象の理解を目指すキリスト教学は、旧約学、新約学、古代から現代に至るキリスト教思想史、神学思想、宗教哲学などの広い分野をカバーするものであるので、ヘプライ語、ギリシア語、ラテン語等の古典語、近代諸国語の習得に始まる幅広いカリキュラムを用意し、これまで学外から多くの講師を迎えて教育を行ってきた。学生の卒業論文や修士論文の題目もこれに応じて極めて多彩である。しかし単一の講座での教育には限界があり、第1講座をはじめとする関連諸講座との密接な協力関係は本講座にとって欠くことができない。また、学問の性質上学部と大学院の一貫教育が望ましいが大学院からの入学者が多い本講座にとっては、学部教育と大学院教育との関係は常に問題である。

本講座は、学界においてもユニークかつ重要な位置を占めている。有賀は、キリスト教学の総合学会としての「日本基督教学会」(昭和27年発足)の創設および発展に尽力した。本講座の大学院を修了した学生の多くが、この学会を中心にそれぞれの専門分野で活躍している。また本講座関係者によって「京都大学基督教学会」が組織され、雑誌『基督教学研究』(1978年発刊、年1回)が刊行されている。

平成5(1993)年度の在学生は、学部3名、修士課程2名、博士課程2名、研修員1名、研究生1名、聴講生1名である。これまでの統計から平均して各学年1名の学生がいるといってよい。

(『京都大学百年史/部局史篇1』84-87頁から引用)