展示目録

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展示目録

  • 展示キャプション(各専修の教員の執筆による)の内容に、一部原書名、展示箇所等を補記しました。
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番号.キャプションタイトル 当館請求記号
説明
1. 西田幾多郎『働くものから見るものへ』 昭和2年(1927) 岩波書店 田辺文庫 12-3貴
哲学者西田幾多郎が京都大学文学部在職中に刊行した最後の著作。本書は西田が同僚であった田辺元に送ったもので、「田邊学兄恵存 著者」との西田の墨跡が残されている。ここには田辺が熱心に読んだことをうかがわせる多くの書き込みが残され、現在は京都大学文学部「田辺文庫」の一冊として貴重書扱いとなっている。展覧している箇所は本書「前編」の第4論文「内部知覚について」の末尾である。
2. アレクサンドリアのフィロン全集 1640年 パリ 哲学 C||2148
紀元前後のアレクサンドリアで活躍したユダヤ人学者フィロンのギリシア・ラテン語対訳版。フィロンはユダヤ教徒であるが、その膨大な著作によって初期キリスト教にも大きな影響を与えた学者である。ギリシア語著作の印刷術はその字形の複雑さのために、ラテン語著作よりも遅れ16世紀に入って本格化した。本書はそれより1世紀ほど後のものであるが、文学部の貴重書に指定されている。展覧している箇所(*)は『モーゼの生涯』第3巻冒頭部分である。
*pp.664-665
3. 分類補註李太白詩、分類編次李太白文 中哲文 DII||d||10-5
唐の詩人李白の詩文集。開いてあるのは、よく知られる「黄鶴桜送孟浩然之広陵」の部分(*)。この本は、嘉靖二十二年(西暦1543年)刊本である。二十世紀になって作られた中国の善本(よいテキスト)を集めた全集である四部叢刊は、これと同じ版本の写真を印刷したものである。
*巻之十五、十六裏-十七表。四部叢刊本と並べて展示
4. デルゲ版チベット大蔵経カンギュル『十万頌般若経』 デルゲ(チベット) 1729-1733年 (The Perfection of Wisdom in 100,000 Lines. Derge edition of the Tibetan version of the Tripitaka, the Kanjur Division)
仏教
チベット大蔵経は、漢訳大蔵経に見られるようないわゆる三蔵(経・律・論)という分類方法を採用せず、カンギュル(bKa’ ‘gyur「仏説の翻訳」の意)・テンギュル(bsTan ‘gyur「論書の翻訳」の意)という概念区分を用いる。前者は教典そのもの、後者は注釈・論書を中心とする。展示資料は1729-33年に開版されたデルゲ版カンギュルの『十万頌般若経』である。デルゲは、チベット東部のカム地方にある地名。
5. たまものまへ(奈良絵本) 江戸時代初期 美学 別置||620
室町物語『玉藻前』を基にした奈良絵本。『玉藻前』は、鳥羽院の寵愛をうけた玉藻前が安部泰成によって正体を見破られ、討取られるという物語。場面は、正体を表わし二尾の狐となった玉藻前が、那須野で上総介・三浦介両名によって討取られるところ。なお、京都大学附属図書館所蔵本ではこの物語はこれで終了するが、本書ではこの後に狐の怨念が石となる殺生石説話が続く。着物などの稠密な描写が注目され、製作年代は江戸時代の比較的早い頃と推測される。
6. 祭祖大経(ロロ文字写経) 言語 2M||18貴
成立年代不詳。祖先の霊を祀る、彝族の儀式について書かれている。彝文字(ロロ文字)は中国西南部で話される彝語(ロロ語ともいう)を記す文字である。畢摩(ビモ)と呼ばれる聖職者のあいだで古くから伝えられてきたもので、地方により非常に多彩なバリエーションがあった。現在では正書法が制定され、一般に用いられている。
7. 平家物語 巻第11 那須与一 国文学 Ok||l||21
有名な「屋島の合戦」の一場面。平家軍の船上には、日の丸を描いた扇が立てられ、美女が手招きしている。馬に乗っている武士は、弓の名手・那須与一宗高。「南無八幡」と心に念じ、渾身の力で鏑矢を放つと、矢は見事に命中。扇は空へ舞い上がり、ひらひらと海へ落ちていった。源平両軍は、歓声を上げて与一を褒め讃えた。
8. シェイクスピア戯曲集(ファクシミリ) (The first folio of Shakespeare) 英文 3B||No-2||1
『ハムレット』で知られる英国最大の劇作家 William Shakespeareの、最初に出版された作品集(1623年)右側p.265の左の覧の下方、1710行目に有名な”To be or not to be”の台詞が見える。(この頃の活字のSは今日のものとは違う。)
9. ピエール・ベール『歴史批評辞典』 アムステルダム 1730年 (Pierre Bayle, Dictionnaire historique et critique) 仏文 特大||20
ベール(1647-1706)は南仏のプロテスタント牧師の家庭に生まれ、プロテスタントに対する弾圧を逃れオランダに亡命した。宗教的寛容や信仰の自由のために活動し、18世紀の啓蒙思想の先駆者の1人とされる。『歴史批評辞典』(1695-97)はベールの主著であり、辞典形式によってさまざまな迷信や誤謬を正すとともに、カトリック教会の教義や権威を批判している。展示されているのは1730年の第4版。
10. サン・マルコ図書館蔵『イリアス』 写本 (ファクシミリ版) ライデン 1901年 (Homeri Ilias cum Scholiis. Codex Venetus A, Marcianus 454) 西洋古典 2B||Ho-1||56
1781年、フランス人ヴィロワゾンがヴェネツィアにおいて発見したホメロス『イリアス』の最古の写本の複製。欄外および行間に書き込まれたスコリア(アレクサンドリア時代に溯る注釈)の存在が、近代的ホメロス研究の出発点となった。ホメロスをはじめとする叙事詩研究は、文学部の西洋古典学が最も力を注いできた分野で、松平千秋の『イリアス』『オデュッセイア』、岡道男のアポロニオス『アルゴナウティカ』は定訳となっている。
11. グリム兄弟『ドイツ語辞典』 第1巻初版本 ライプツィヒ 1854年 (Jacob Grimm und Wilhelm Grimm: Deutsches Worterbuch. Bd.1) 独文 S||155
本辞典の編纂は、グリム童話で名高いヤーコプ・グリム(1785‐1863)、ヴィルヘルム・グリム(1786‐1859)の兄弟により1830年代後半に着手され、第1巻は1854年に刊行された。グリム兄弟死後もこの辞典刊行の事業は継続され、1961年にようやく全巻が完成した。今では復刻版が出て手に入れやすくなったこの辞典も、かつては貴重なものであり、京大文学部の教員や学生たちに大切に使われてきた。
12. 御製繙訳四書 東洋史 BXIX||g||1
清朝の皇帝乾隆帝(在位1735-1795)の命令で作られた、儒教の四書(大学・中庸・論語・孟子)の満文・漢文の対訳書。満州語は今でこそ話者が非常に少ないが、清朝の公用語であったのはもちろん、リンガ・フランカ(国際公用語)でもあった。
公文書の正本は満州語であり、漢籍の中でも特に重要なものは満州語に訳されている(小説『三国志演義』『金瓶梅』なども)。乾隆帝の時代には漢化が進行し、しだいに満州語は忘れられてゆくが、清朝研究にとって満州語史料の重要性は高い。その点に早くから注目したのが、創設期の東洋史講座を桑原とともに担った内藤湖南(1866-1934)であった。
13. ツァンニョン・ヘールカ ミラレパ伝
(rnal ‘byor gyi dbang phyug dam pa rje btsun mi la ras pa’i rnam thar thar pa dang thams cad mkhyen pa’i lam ston)
言語 E2||108
チベット語で書かれた木版の貝葉本。チベットの文字および出版文化は、北インドの影響を強く受けて成立し、今なお受け継がれている。本書の内容は、チベットにおいて最も人気のある聖者・ミラレパ (1040~1123) の伝記である。ツァンニョン・ヘールカ (1452~1507)によって書かれた。ミラレパは、チベット仏教の再興期に当たる11世紀~12世紀に実在した高名なヨガ行者であり、詩人としても知られる。
14. 釣磯詩集 桑原文庫 DⅡ||T||10
宋代末、泉州の人邱葵の詩集。中国の有名な学者陳垣(1880-1971)から、本学部東洋史の教授桑原隲蔵(1871-1931)に1924年に贈られたもの。
前年に刊行された桑原の『蒲寿庚の事蹟』は、泉州で活躍したイスラム教徒商人の活動の背景を明らかにした名著だが、桑原は関係した記述があるこの詩集を見ることができなかった。それを知った陳垣が贈ったもので、中・日の大学者の交流を知ることができる貴重な資料でもある。
15. ド・ギーニュ『フン・トルコ・モンゴル・西タタール諸族の通史』 (Histoire generale des Huns, des Turcs, des Mongols, et des autres Tart ares occidentaux, &c. avant et depuis Jesus-Christ jusqu’a present; …) 東洋史 H||d||1
ド・ギーニュ(1721-1800)は当時のフランス屈指の東洋学者で、コレージュ・ド・フランス教授。彼の「中国人エジプト起源説」は大きな波紋を巻き起こした。この本は彼の代表作で、ユーラシア北方の遊牧民族の歴史を通観した大冊(全5冊、1756-1758)。古い歴史を有するフランス東洋学において記念碑的意義を持つ作品だが、使われているのは中国・西洋史料がほとんどで、今日、日本でも盛んに使われるようになっているペルシア語・トルコ語の史料はほとんど使われていない。
16. ジャン・ボダン『歴史を平易に知るための方法』 ジュネーヴ 1595年 (Ioannis Bodini methodvs ad facilem historiarum cognitionem) 西洋史 A1||24
近世フランスを代表する政治思想家ジャン・ボダン(1530-1596)の著書。ジュネーヴの出版業者J・ストア刊行。本書の初版は1566年にパリで刊行され、好評を博して版を重ねたが、カトリック教会から危険視されて禁書目録に載せられた。ジュネーヴでの刊行はカトリック側の検閲を避けたためであろう。本書でボダンは、普遍的な法を探求するための手段として、諸国民の法律や国制を歴史的に研究する方法を提起している。近代的な主権の概念を確立したことで知られるボダンの主著『国家論』(1576年)は、本書で展開された国家論をもとにしてさらに発展させたものである。
17. 原敬日記(影印本) 現代史 312.1||Iw||1
原敬(1860-1921)は明治・大正期の政党政治家。立憲政友会を率い、衆議院議員ではじめて内閣総理大臣となり、「平民宰相」と呼ばれた。原は克明で、詳細な日記を残しており、日本近代史の第一級史料である。展示されているのは、日記の自筆原本を写真にとり、印刷したものである。1918年9月に内閣総理大臣に任命された時の日記の一節。
*pp.460-461
18. 一地理學者之生涯 地理 A2||111
この本は、地理学教室の創立者で、日本最初のノーベル賞受賞者湯川秀樹先生のご実父である小川琢治先生の自伝(遺著)です。先生は明治40(1907)年の地理学教室創立とともに、初代の教授に就任されました。小川家は日本を代表する学者の家系で、「後記」には5名のご令息のお名前が出ており、湯川先生の他、小川茂樹(中国史がご専門で、後の貝塚茂樹先生)、小川環樹先生(中国文学がご専門)のお名前も見えます。
19. 朝鮮来聘記 付図 日本史 こ2||34
寛延年間、朝鮮通信史、淀の図。