展示目録

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展示目録

・展示キャプション(各専修の教員の執筆による)の内容に、一部原書名、展示箇所等を補記しました。

・キャプションのタイトルは書名と異なっている場合もあります。

・リンクのあるタイトルをクリックすると、書誌情報(CiNii Books)を確認できます。

番号.キャプションタイトル 当館請求記号
説明
1. アインシュタインの特殊相対性理論
(The collected papers of Albert Einstein)
科哲史 0∥E∥1
アインシュタイン(Albert Einstein, 1879-1955)は、20世紀を代表する理論物理学者の一人で、ニュートンの古典力学に革命的な転換をもたらし、現代物理学の基礎を築いた。展示されている書物は、アインシュタインの全集で、アメリカのプリンストン大学出版会から刊行されたもの。表示されている数式は、ローレンツ変換を示している。
*pp.440-441
2. アレクサンドリアのフィロン全集 1640年 パリ 哲学 C||2148
紀元前後のアレクサンドリアで活躍したユダヤ人学者フィロンのギリシア・ラテン語対訳版。フィロンはユダヤ教徒であるが、その膨大な著作によって初期キリスト教にも大きな影響を与えた学者である。ギリシア語著作の印刷術はその字形の複雑さのために、ラテン語著作よりも遅れ16世紀に入って本格化した。本書はそれより1世紀ほど後のものであるが、文学部の貴重書に指定されている。展覧している箇所(*)はモーゼの生涯第3巻冒頭部分である。
*pp.664-665
3. 一地理學者之生涯 地理 A2||111
この本は、地理学教室の創立者で、日本最初のノーベル賞受賞者湯川秀樹先生のご実父である小川琢治先生の自伝(遺著)です。先生は明治40(1907)年の地理学教室創立とともに、初代の教授に就任されました。小川家は日本を代表する学者の家系で、「後記」には5名のご令息のお名前が出ており、湯川先生の他、小川茂樹(中国史がご専門で、後の貝塚茂樹先生)、小川環樹先生(中国文学がご専門)のお名前も見えます。
4. 英国国民教会史(ファクシミリ)
(Early English manuscripts in facsimile, v. 24)
英文 1A||Cl-2||1||(24) 大型
歴史家Bedeはラテン語で記したこの書物(731年)の中で、5世紀の半ばにアングル族、サクソン族、ジュート族がブリテン島に定住したと述べている。この写本は同書を翻訳したもので、英語版では最古のもの(10世紀前半)である。
5. 九品詞略 言語 2G||94
江戸後期に書かれた、蘭語の文法書。蘭語の品詞分類、活用、文法的解説などが記されている。中野柳圃が翻訳し、野呂天然が書写・補訂したものと推定される。長崎の出島を通して西洋文明を摂取しようとした時代、蘭語の研究・学習は重大な意義を持っていた。中野柳圃 (1760~1806) は長崎通詞(翻訳・通訳官)の出身であり、18歳の頃から47歳で没するまで翻訳と語学研究に従事した。
6. 源氏物語 国文学 Mb||1||貴
文学部には源氏物語の抄本(手書きの本)を5部所蔵するが、これはそのなかのひとつで、慶長頃の京都の名士がそれぞれの巻の書写を担当した抄本。開いてあるのは桐壺冒頭。桐壺の巻は妙法院の門主の筆になる。書写年代もはっきりしており、また筆跡も堂々とした風格をもち、貴重書になっている。
7. 祭祖大経(ロロ文字写経) 言語 2M||18貴
成立年代不詳。祖先の霊を祀る、彝族の儀式について書かれている。彝文字(ロロ文字)は中国西南部で話される彝語(ロロ語ともいう)を記す文字である。畢摩(ビモ)と呼ばれる聖職者のあいだで古くから伝えられてきたもので、地方により非常に多彩なバリエーションがあった。現在では正書法が制定され、一般に用いられている。
8. シェイクスピア戯曲集(ファクシミリ)
(The first folio of Shakespeare)
英文 3B||No-2||1
ハムレットで知られる英国最大の劇作家 William Shakespeareの、最初に出版された作品集(1623年)右側p.265の左の覧の下方、1710行目に有名な”To be or not to be”の台詞が見える。(この頃の活字のSは今日のものとは違う。)
9. 御製繙訳四書 東洋史 BXIX||g||1
清朝の皇帝乾隆帝(在位1735-1795)の命令で作られた、儒教の四書(大学・中庸・論語・孟子)の満文・漢文の対訳書。満州語は今でこそ話者が非常に少ないが、清朝の公用語であったのはもちろん、リンガ・フランカ(国際公用語)でもあった。 公文書の正本は満州語であり、漢籍の中でも特に重要なものは満州語に訳されている(小説三国志演義金瓶梅なども)。乾隆帝の時代には漢化が進行し、しだいに満州語は忘れられてゆくが、清朝研究にとって満州語史料の重要性は高い。その点に早くから注目したのが、創設期の東洋史講座を桑原とともに担った内藤湖南(1866-1934)であった。
10. 太平御覧 中哲文 CXVI||a||5-1
宋代に編纂されたいわゆる百科全書に相当する書物。現代の百科辞典とは違い、ある項目について、関連する記事を諸々の書物から抜き書きをしたものである。開いてあるのは「虎」の部分の冒頭である。最初の「山獣の君なり」の説文は後漢に作られた字書説文解字からの引用、左から三行目禮記曰で始まるのは、いわゆる「苛政は虎よりも猛し」の話である。宋代の木版本に基づいて江戸時代に木活字によって印刷されたものである。
11. ツァンニョン・ヘールカ ミラレパ伝
(rnal ‘byor gyi dbang phyug dam pa rje btsun mi la ras pa’i rnam thar thar pa dang thams cad mkhyen pa’i lam ston)
言語 E2||108
チベット語で書かれた木版の貝葉本。チベットの文字および出版文化は、北インドの影響を強く受けて成立し、今なお受け継がれている。本書の内容は、チベットにおいて最も人気のある聖者・ミラレパ (1040~1123) の伝記である。ツァンニョン・ヘールカ (1452~1507)によって書かれた。ミラレパは、チベット仏教の再興期に当たる11世紀~12世紀に実在した高名なヨガ行者であり、詩人としても知られる。
12. 釣磯詩集 桑原文庫 DⅡ||T||10
宋代末、泉州の人邱葵の詩集。中国の有名な学者陳垣(1880-1971)から、本学部東洋史の教授桑原隲蔵(1871-1931)に1924年に贈られたもの。
前年に刊行された桑原の蒲寿庚の事蹟は、泉州で活躍したイスラム教徒商人の活動の背景を明らかにした名著だが、桑原は関係した記述があるこの詩集を見ることができなかった。それを知った陳垣が贈ったもので、中・日の大学者の交流を知ることができる貴重な資料でもある。
13. ド・ギーニュ『フン・トルコ・モンゴル・西タタール諸族の通史』
(Histoire generale des Huns, des Turcs, des Mongols, et des autres Tart ares occidentaux, &c. avant et depuis Jesus-Christ jusqu’a present; …)
東洋史 H||d||1
ド・ギーニュ(1721-1800)は当時のフランス屈指の東洋学者で、コレージュ・ド・フランス教授。彼の「中国人エジプト起源説」は大きな波紋を巻き起こした。この本は彼の代表作で、ユーラシア北方の遊牧民族の歴史を通観した大冊(全5冊、1756-1758)。古い歴史を有するフランス東洋学において記念碑的意義を持つ作品だが、使われているのは中国・西洋史料がほとんどで、今日、日本でも盛んに使われるようになっているペルシア語・トルコ語の史料はほとんど使われていない。
14. 西田幾多郎 『働くものから見るものへ』 昭和2年(1927) 岩波書店 田辺文庫 12-3貴
哲学者西田幾多郎が京都大学文学部在職中に刊行した最後の著作。本書は西田が同僚であった田辺元に送ったもので、「田邊学兄恵存 著者」との西田の墨跡が残されている。ここには田辺が熱心に読んだことをうかがわせる多くの書き込みが残され、現在は京都大学文学部「田辺文庫」の一冊として貴重書扱いとなっている。展覧している箇所は本書「前編」の第4論文「内部知覚について」の末尾である。
15. 原敬日記(影印本) 現代史 312.1||Iw||1
原敬(1860-1921)は明治・大正期の政党政治家。立憲政友会を率い、衆議院議員ではじめて内閣総理大臣となり、「平民宰相」と呼ばれた。原は克明で、詳細な日記を残しており、日本近代史の第一級史料である。展示されているのは、日記の自筆原本を写真にとり、印刷したものである。1918年9月に内閣総理大臣に任命された時の日記の一節。
*pp.460-461
16. 分類補註李太白詩、分類編次李太白文 中哲文 DII||d||10-5
唐の詩人李白の詩文集。開いてあるのは、よく知られる「黄鶴桜送孟浩然之広陵」の部分(*)。この本は、嘉靖二十二年(西暦1543年)刊本である。二十世紀になって作られた中国の善本(よいテキスト)を集めた全集である四部叢刊は、これと同じ版本の写真を印刷したものである。
*巻之十五、十六ウ-十七オ。四部叢刊本と並べて展示
17. 平家物語 巻第11 那須与一 国文学 Ok||l||21
有名な「屋島の合戦」の一場面。平家軍の船上には、日の丸を描いた扇が立てられ、美女が手招きしている。馬に乗っている武士は、弓の名手・那須与一宗高。「南無八幡」と心に念じ、渾身の力で鏑矢を放つと、矢は見事に命中。扇は空へ舞い上がり、ひらひらと海へ落ちていった。源平両軍は、歓声を上げて与一を褒め讃えた。

・2004年度は明代に作られた老子の注釈書である『老子翼』(萬暦十六年[西暦1588年]序刊本)、ホメロス『イリアス』ヴェネチアA写本(10世紀)複製も展示しました。