佐藤 啓介 (文学研究科 キリスト教学専修 博士後期課程)
「対話」が成立するためには、何が必要だろうか。
対話 dia-log というからには、対話の参加者としての人間が少なくとも二人以上必要である。同時に、対話 dia-log というからには、話しあうことを可能にさせる言語(手話や書き言葉なども含め)が必要である。さらには、対話が行なわれる場が必要である。このような三つの要件が満たされている状況が、対話の基本的な構図であろう。無論、この基本的な構図はいくらでも多様化しうる。参加者が双方向的に発話しうるのか話し手-聞き手の立場が固定されているのか、言語が共通なのか翻訳が必要なのか、などなど。そして、その多様性に応じて、対話について考える営みもまた限りなく多様化しうるだろう。この多様性を損なうことなく対話について思惟することが望ましいのだろうが、当然ながら、私はそうした力量を持ち合わせていない。そこで私は、先に挙げた対話の基本的な構図の中でも、ごく限られた側面に光を当てることで、対話的探求なるもの複雑な姿を少しでも明らかにしてみたい。無論、ある側面だけを取り上げることは、対話的探求の全体性を損なうことになる。部品部品を集めて機械を組み立てるかの如く個々の側面の総和を求めても、対話的探求にはならないだろう。この限定が支払う代償の値段は、皆様に判断願うほかない。
私が以下で取り上げたいのは、「対話の中でわたしが話す」という行為、より厳密に言えば「対話の中でわたしが一人称の代名詞《わたし》を用いて話す」という行為である(以下、紛らわしいが、本発表内で文法上要請され、今ここで話している人物としての佐藤を指す私を「私」と漢字で表記し、それ以外の陳述において現われるわたしを「わたし」と平仮名で表記する)。
そのような限定的な行為、しかも、ありふれた行為を取り上げて何になるのかと疑念を持つ向きもあるだろう。しかし、結論を先取りするならば、どれほどありふれていようが決して欠かすことのできない「わたし」は、発話内容の文法的-論理的主語 sujet を構成するだけではなく、語る主体 sujet 自体に対して、無視しえない作用を跳ね返しているように思われるのである。言うなれば、「わたし」を伴う発話行為は、聞き手に対する行為遂行的機能とはまた異なった形で、発話している当のわたしに「何かをする」のである。
「わたし」という発話行為の機能を分析するため、以下で取り上げるのは、三人の思想家である。意味論の導入によって言語学の問題を刷新した言語学者エミール・バンヴェニスト(1902-1976)。彼の考察を手掛かりとして、主体の哲学に新たな光を投げかけた哲学者ポール・リクール(1913- )。そして、リクールと同じくバンヴェニストの意味論に触発されつつも、リクールとは異なる形で主体についての思索を提起した哲学者ジョルジョ・アガンベン(1942- )である。
こうした見取り図からうかがえる通り、本論は、バンヴェニストの「わたし」を巡る考察をリクールとアガンベンがそれぞれどのように受容したか、という観点で展開される。従って、第6回研究会にて水野氏が提起した観点――思想の「受容」としての対話――を、継承するものでもある。よって、以下での私の検討は、「対話」という問題を巡って、二人の哲学者が一人の言語学者とそれぞれどのように「対話」したのかを検討すること、二乗された対話の検討である。
しかし、私としては、思想の受容が対話の一種であることを認めるに吝かではないが、それと同時にもう一つの考えも認めざるをえない。それは、バンヴェニストとリクール・アガンベンの間で受容としての「対話」が交わされたというのであれば、それと全く同じ資格で、彼ら三人とこの私自身との間でも、受容としての「対話」が交わされると言うべきだ、という考えである(実際には、前者の対話と後者の対話の間には、悲しいまでに大きな受容能力の差があるにせよ)。こうして、受容としての対話からは、それを提起する当の本人もまた免れ得ない。対話について思惟するとは同時に、対話の中で思惟するという自己参照性を持つと考えるべきだろう。もちろん、それを悪しき無限背進だといっているわけではない。対話的探求とは、具体的な対話の実践の中で幾重にも襞を折り重ねながらなされる探求であり、ここでこう話しているこの私を含め、対話的探求の論理を構築せんとする当事者もまた、その襞の内に巻きこまれながら対話的探求を重ねているのである。
いささか前口上が長すぎた。ただ、今しがた触れた自己参照性という視点は、以後の「わたし」に関する分析でも決定的な役割を果たすことになる。対話的探求が自らの内奥に折り重ねる襞を絶えず意識しながら、以下、本論に入ろう。
「わたし」という一人称単数の代名詞を伴う発話行為。それは、一見すると、あまりにも平凡な発話行為である。「わたしは京都大学の学生です」――ここには何の不思議もないように思える。そのため、この発話行為を検討の対象にするという私の姿勢は、瑣末で意味のない姿に思われるかもしれない。何故、私が「わたし」を検討しようとしているのか、その問題の所在を、直感的な仕方であっても予め理解していただくのが良いように思われる。
さて、「わたしは京都大学の学生です」という発話行為一つを考えてみても、実は、そこにはある奇妙さがある。(固有名、指示の因果説/記述説、指示の文脈依存性などの問題はあるにせよ)「京都大学」や「学生」といった語の指示対象は、その発話を誰がいつどこでおこなおうが、概ね一致するだろう。ところが、「わたし」についてはそう単純にはいかない。「わたし」という語は、一体どこに、そして誰に送り返されるのだろうか。しかし、指示対象が浮動的であることだけが、「わたし」を伴う発話行為の特質ではない。それだけなら、「ここ」「今」などの副詞についても同様のことが言える。
少し、日常的な感覚に訴えて話を進めてみよう。「ネコが文学部の中庭にいる」と語ることと、「ネコが文学部の中庭にいるとわたしは確認する」と語ること。確かに真理値という点では、両者の命題には何の違いもない。しかし、それが発話行為であることに留意するならば、後者の発話行為には、何か、前者からはみ出る「力」のようなものが感じられないだろうか。言わば、語ることの力。しかも、それは複数形の力である。
まず、わざわざ「~とわたしは確認する」と言うことで、その発話行為は既に聞き手の存在(および対話状況の存在)を予感させ、結果、聞き手に対して働く力を感じさせる。ネコを見て「あ、ネコがいる」と独り言を言うことはあっても、「あ、ネコがいるとわたしは確認する」と独り言を言う人は、まずいないだろう。わざわざ「~とわたしは確認する」と付けるということは、聞き手に、まさにその発話行為自体が「確認の行為」なのだと告げているのではないだろうか。
しかし、そこに感じられるのは、そのような発話内的行為――言いながらわたしがすること――の力だけだろうか。実際に二つの文を、自分で口にだしてみてほしい。後者の「~とわたしは確認する」の部分を口にするとき、そう言うことで、自分自身に跳ね返ってくる力が感じられないだろうか。言わば、口に出すそのつどわたしを自らの手で掴む力、わたしを肯定する力、もしくは、それによってはじめてこのわたしがここに立つ、そうした力が感じられないだろうか。
だが、発話する「わたし」に跳ね返ってくるのは、こうした肯定の力だけに尽きるだろうか。確かに、その発話行為によって、発話するわたし自身が凛然とここに立つ。しかし、その一方で、その発話行為によって、発話するわたしはまさにそのここに否応なく引っ張り込まれ、発話する前も後もよどみなく流れているはずの「わたし」の水脈がそこで一瞬寸断されてしまうような感覚を、少なくとも私自身は感じてしまう。「わたし」と口にすることで、わたしがその言葉の中へと、そしてその発話の瞬間の中へと抜け出てしまう感覚とでも言うべきか。要するに、「わたし」を伴う発話行為を境として、私の中にほんのわずかな――それでいて、眩暈を引き起こすような――隔たりが差し込むようには感じられないだろうか。そのような隔たりを差し込ませる力、それもまた、発話するわたしに跳ね返ってくる力の一つである。
以上、感覚的で比喩的で個人的との謗りを覚悟の上で、当該の発話行為に一体どのような問題系が含まれているのかを素描してみた。その主旨を約言すれば、「わたし」と言うことの只中で、言われたことには還元できない言うことの力、しかも、言う当の本人に働く力が経験される、ということに尽きる。無論、この素描をもって、発話行為の検討の根拠とするわけではない。ここでは、「わたし」に含まれる問題系の種類と広がりを、わずかばかりでも感じていただければそれで十分である。ここで素描された拙い経験を正確に捉え直していくことが、以下の考察の課題である。
「わたし」をはじめとする人称代名詞について、主著『一般言語学の諸問題』(1966)に収められている諸論考の中で包括的な視点から考察したのが、言語学者バンヴェニストである(1)。彼は、ソシュール、イェルムスレウ、ヤコブソンと連なる記号論的言語学(言語体系としての「ラング」を問題とする言語学)とは異なり、徹底して「パロール」、即ち、実際に発話された言葉を考察の対象とした。彼にとって、言葉とはまず何よりも「話すという行為の中で話される」言葉なのである。バンヴェニストは、このような語用論的観点で様々な言語を眺めたとき、ある事実に気がつく。それは、どんな時代、どんな地域であっても、人称代名詞を欠く言語は存在しないということである(2)。それでは、人称代名詞なるものとは、そもそもどのような性格を持っているのだろう(ただし、複数形の議論については省略)。
人称代名詞とはそもそも何か。バンヴェニストはこの問題に関して、「三人称は、人称ではない」という有名にして過激なテーゼを提起する。このテーゼにバンヴェニストの人称代名詞論が凝縮されているといっても過言ではない。このテーゼを理解するには、逆に一人称と二人称の側から考えていく必要がある。バンヴェニストは次のように言う。
最初の二つの人称[一人称と二人称]には、そこに含意された一人の人物と、この人物についての言述 discours とが同時に存在している。「わたし」とは、話している人を指し示すと同時に、この「わたし」に関する陳述 énonce をも含んでいる。つまり、「わたし」と語ることで、わたしはわたし自身について語らざるをえないのである。二人称の場合、「あなた」は「わたし」によって必然的に指し示されるのであり、「わたし」を起点として立てられた状況の外部で考えられることはありえない。さらに同時に、「わたし」はなにごとかを「あなた」の述語として陳述しているのである。しかし、三人称については、述語は確かに陳述されるが、ただしそれは「わたし-あなた」関係の外でしかなされない。こうして、この形[三人称]は、「わたし」と「あなた」に特性を与える関係から除外される。(3)
ここに、バンヴェニストの人称代名詞論の基本的な特徴がよく示されている。まず、一人称に関して言えば、わたしとは、「わたし」という語が含まれている言述そのものによって同定され、かつ、そこへと送り返される人称である。他の名詞がいつどこで話しても同じ指示対象へと送り返されるのに対し、一人称とは、そのつど話すことの中で話す人自身へと送り返される。二人称に関しても同様である。「あなた」という語は、「わたし」が話している相手として、そのつど当の言述そのものによって同定されるのである。「わたし」と「あなた」はこのようにして、それらの語が実際に発話されている「言述の現実 realité du discours」を指し示すという(4)、瞬間的で出来事的とでも言いうる際立った特徴をもつ。
こうして、指示詞「わたし/あなた」は潜在的な記号として存在することはできず、それは言述の現実化 instance de discours の中で現働化されるものとしてしか存在しないのである。この言述の現実化においては、それらの指示詞は、それらの語自体がそれぞれ現実化することを通して、話者が[その語を]自らのものとした appropriation 過程を示している。(5)
バンヴェニストが「三人称は人称ではない」というのは、三人称がこの言述の現実から外れているという事実の裏返しである。一人称-二人称は人称性、つまり、ある人物と相関するという標識があるが、三人称にはそれがない。
こうして「わたし」と「あなた」の特異性が強調される。わたしとは「わたしという語の言語上の現実化を含む言述が今現実化することを陳述する個人」であり、他方、あなたとは「あなたという語の言語上の現実化を含む言述が今現実化することの中で、話しかけられている個人」を指す(6)。「わたし」と述べることは同時にその聞き手「あなた」を設定する。のみならず、「あなた」と述べることは、既にその相手が「わたし」を語って返事をする人であることを暗に含んでいる。何も、いつまでも一人だけがわたしで、もう一人だけがあなたの地位に留まるのではない。一つ一つの発話の中では反転不可能であるが、かといって発話のたびに反転可能な「わたし-あなた」の関係を、バンヴェニストは、「両極性」という語で説明している。
……「わたし」はもう一人の人物、つまり、「わたし」の外部にいるが、わたしが「あなた」と呼びかけ、また、わたしに「あなた」と呼びかけるような、わたしのこだまとなる人物を設定しているのである。[二つの]人称の両極性、それが言語の基本的条件である……。(7)
他方で、わたしとあなたの間には、決定的な差がある。その差は、「わたし」が陳述の内部にいて、かつ、「あなた」に対して外部にいる点に由来する。バンヴェニストは「わたし」の性格を、陳述に対して内在的であり、「あなた」に対して超越的であると述べる(8)。そのため、バンヴェニストはわたしとあなたの関係の非対称性を、「わたし人称」と「非-わたし人称」という語で形容している。語用論的観点からすれば、「あなた」は非-わたしであって、最初から「あなた人称」なのではないという点に留意しておこう。
さらに、「わたし人称」を中心とする形で、言述の現実化の中に様々な副詞句・指示語による磁場が形成される。例えば、「今」「ここ」「今日」「明日」「あっち」などなど。これらの語は、直示語 deixis と呼ばれることもあるが、バンヴェニストが指摘する通り、「直示語が、人称指示語を含む言述の現実化と同時に存在することを付け加えない限り、これらの語を直示語と定義しても無益である」(9)。
バンヴェニストの考える「人称代名詞とは何か」は、以上で概ね理解されただろう。後述するリクールやアガンベンも、こうしたバンヴェニストの分析を積極的に受容している。その点で、彼のこの分析は、全ての出発点である。ところがバンヴェニストは、このような語用論的言語学の領域から一歩足を踏み出す。次節において、その足の踏み出し先を確認してみることにしよう。
第2節において、「わたし」と言うことの中で、言う本人に逆流してくる奇妙な力の存在を示唆したのを覚えているだろうか。そのような力の正体を探る手掛かりを、語用論的考察を踏み出したバンヴェニストの「主体」論に見出すことができる。
バンヴェニストは先の人称代名詞論を、「主体 sujet」の問題――主語でもあるのだが――と関係させようとする。その要点は「わたし」と言うことの中で、主体が構成される、という主張である。
言語の中で、そして言語によって、人間は「主体」として構成されるのである。何故なら、言語のみが実際に、存在の現実でもある言語の現実の中で、egoの概念を基礎づけるからである。(10)
彼は、主体を「それが集めるところの生きられた経験の全体を超越し、意識の恒久性を保証する心的統一」と理解した上で、主体性という語を「話し手が自らを主体/主語として定立させる能力」として定義する(11)。そして、主体性の根拠を「人称」の言語的地位に求めるのである。
主体性の根拠が言語、しかも人称代名詞に求められる理由はどこにあるのか。実は、我々は既にその理由の一端を垣間見ている。前節の引用に、次のような一節があった。「言述の現実化においては、それらの指示詞[わたし-あなた]は、それらの語自体がそれぞれ現実化することを通して、話者が[その語を]自らのものとしたappropriation過程を示している」(強調追加)。「言葉を操る」「言葉を用いる」といった言い回しに示されるように、我々は言葉を出来合いの道具の一種であるかのように見なす傾向がある。しかし、先の引用箇所に示されるように、バンヴェニストの眼差しは「わたしは、わたしと語ることの中でわたしという語を自らのものとする」という不思議な出来事に向けられている。この出来事の中に、彼は「主体性」の発現を見ようとしているのである。
しかも、この出来事が「わたし」という一語にのみ関わるのではないことは、一目瞭然である。何故なら、言述の現実化という出来事の只中で、「わたし人称」を中心として、直示語――ここ、今など――の磁場が、さらに、諸々の時間性の表現――つまり、時制表現――が形成されるからである。こうして、「意識の恒久性を保証する心的統一」としての主体に不可欠な時間性-空間性が得られる契機もまた、言述の現実化の中に根拠づけられていく。最終的には、「個々の話し手が、自らを「わたし」として指し示すことでラング全体を自らのものとすることができるよう、言語は組織化されている」とさえ主張される(12)。
バンヴェニストの考えを整理すれば、次のようになろう。ラングならびにシンタックスは、確かに個々の話し手とは無関係に、潜在的な体系として成り立っている。しかし、それが現実化されるためには、実際にパロールとして話されることが必要である。この実際に話すことの中で、話し手は人称代名詞を出発点として、言語全体を自分のものとする。その過程は同時に、「わたし」と言うことで自らが主体として構成される過程に他ならない、と。バンヴェニストの引用を引けば、「言語は言わば《空虚な》形式を提供し、その空虚な形式を、各々の話し手は言述を行使することで自らのものとし、かつ、自分の人称と関係させるのである」(13)。
バンヴェニストの考察「言語の中で、そして言語によって主体が構成される」は、「言うこと」を巡る問題に新しい地平を切り開いたという点で、いくら評価してもしすぎることはない。とりわけ、「わたし」をはじめとする直示的表現という、どこにでも現われる空虚な語が、むしろ空虚であるからこそ、具体的な言述の現実化の中でそこを満たす「主体」が発現することを可能にさせているというダイナミックな構造については、特筆すべきであろう。かくも激しい運動が、他ならぬ、日々の平凡な、あまりにも平凡な「言うこと」において起こりうるという事実。「言うこと」は、今この一瞬一瞬も言う当の本人を主体として現出させる力を差し向けているのである。
このようなバンヴェニストの議論は多くの思想家を魅了してきた。ただ、いわゆる言語論的転回という風潮の中で、ややもすれば過度の濫用を被りがちでもあった。例えば、R. バルトはあるエッセイの中で、こう言う。
陳述行為とは、話し手がラングを所有する、そのつど更新される行為である(バンヴェニストはそれを正しく、自らのものとする、と述べている)。主体は言語に先だっては存在しない。主体は、話すかぎりにおいてのみ主体となるのだ。要するに、「主体」など存在しない(従って、「主体性」も言うに及ばず)、存在するのは話し手だけなのだ。更に言えば……対話する人たちしかいないのだ。(14)
「主体など存在しない」という語に示される通り、バルトは、「主体」なるものそれ自体をできる限り抹消しようとしているように見える。
しかし、バルトの言葉はおろか、バンヴェニスト自身の議論を振り返ってみると、素朴な疑問がいくつも生じる。言述の現実化行為の中で、わたしが「わたし」と述べることで主体として構成されるというのであれば、その現実化行為の直前と直後、一体話している人はどのような身分にいるのだろうか?バルトなら「だからそれが対話する人なのだ」と言うだろう。それでは、対話しない人はどうなるのだろう。いや、そもそも、対話する人とは一体誰なのだろう。例えば、数分前に話していた人と、今、同じ部屋で同じ声でこの瞬間に話している人は、同じ人だと言えるのだろうか。こうした疑問の根幹にあるのは、言述の現実化という一回的で個別的な出来事における「わたし」と、同じ身体、同じ意識を持ちつづけるという通常の意味の「わたし」との間に広がる、埋めがたいヒアタスである。
リクールは『他としての自己自身』(1990)の中で(15)、こうした逆説を次のように整理している。一方で、「わたし」は、その人称で自らのことを指し示しながら話す人になら、誰にでも代入可能な空虚な人称である。その意味で、「わたし」は旅する語である。しかし他方で、言述の現実化行為の中で、「わたし」は、そのつど話しているまさにその人だけに専有される。そこで、誰にも代入され得ない「わたし」の固定化が起こるのである。このような、旅する語の代入可能性とその固定化による代入不可能性が第一の逆説である。その第一の逆説の上に、誰にも代入されえない「わたし」の固定化が、あくまで言述の現実化行為の中での個別的な固定化であって、普通の意味での「わたし」に送り返されることができないという第二の逆説が重ねられる。要するに、主体が離散的な出来事になってしまうのである。
[一人の話し手による複数の陳述行為が]各々、世界の事象の流れの中で生じうる異なる出来事を構成するのであれば、この多様な出来事に共通している一主体もまた、それ自身出来事になってしまうのだろうか?(16)
ここで、『他としての自己自身』を著した1990年のリクールから離れ、バンヴェニストとほぼ同時期、1960年代末のリクールに戻ることにする。その理由は、紙幅の制約という表面上の理由もあるが、その時期の方が、上記の逆説に対して荒削りながらも明快に答えているからである(17)。60年代末のリクールは、「主体の哲学は消滅の危機に瀕している」という現状認識から(18)、如何にして解釈学の観点から主体の哲学を再構築できるか模索していた。そこで出会ったのがバンヴェニストである(19)。
リクールは、大筋においてバンヴェニストの「わたし」を巡る考察に同意を示す。しかし、先に確認した逆説に関わる決定的な一点において、バンヴェニストから距離を置こうとする。
わたしなるもの le je は言語の産物だと言うべきだろうか?言語学者なら、そう言いたくなるだろう。……現象学者はこう反論するだろう。話し手が自らを主体として定立させ、対話者として他人と自分を対置させる能力は、人称代名詞の言語外的な前提なのだ、と。……空虚な記号としての「わたし」「あなた」は、ラングの産物である。しかし、空虚な記号を今ここで用いることは、その使用によって「わたし」という語が有意味となり意味論的価値を帯びるになるにせよ、自分を表現する中で自分を定立させる一人の主体がこの空虚な記号を自らのものとすることを前提しているのである。(20)
リクールはこのようにして、「言うこと」に先立ちそれを可能にさせている主体の働きを確保しようと試みる。そして、自分とバンヴェニストの違いを際立たせるため、「わたし」について言うことと、「世界」について言うことを比較させる。
指示語「これ ceci」が、話し手が直示している世界の光景を生み出さないのと同様、「わたし」という表現は、「わたし」の定立をほとんど生み出さない。世界が自らを現すのと同様、主体が自らを定立させるのである Le sujet se pose comme le monde se montre。(21)
こうしてリクールは、「言うこと」に先立つ主体の自己定立を確認する。ただし、この自己定立については、もう少し詳しく考えねばならない。確かに、言うことができる人がいなければ、言うことはできない。しかし、それは単に話す能力がある/ないの問題には限定できない。言うことができても、沈黙することもできるからである。従って、言うことの根底において働くのは、「自ら決心して言うことの中へと関わるような主体の自己確言 auto-assertion」である(22)。この自己確言の意味での自己定立が、リクールの言語観の前提となっている。しかし、だからといって、この主体の自己定立を主体自身が十全に所有し、意のままに行なえることを意味するわけではない。何故なら、フロイトが教えるとおり、「主体が意識的かつ意志的に自己を定立させるのに先だって、既に主体は欲動的次元において存在 l'etre の中で定立させられている」からである(23)。従って、リクールにとって「わたしは在る je suis が、わたしが話す je parle よりも根本的なのである」(24)。
しかし、それでは一体、リクールはバンヴェニストから何を学ぼうというのだろうか。確かに、わたしは話さなくとも、わたしは在るだろう。その意味で、「わたしは在る」の方が根本的である。しかし、そうして剥き出しとなる「わたしは在る」は、意志によっても意識によっても律することのできない欲動に突き動かされ、かえって「わたし」がわたしから失われ行く状態に陥っているのではないだろうか。「わたしは在る。が、その在るわたしとは何なのか?」(25)。そのため、わたしは自らを捉え直さざるを得ない。このわたし自身の捉え直し――そこに差し込む光が、まさしくバンヴェニストの人称代名詞論なのである。リクールは、「わたし」と言うことの中で「わたし」が定立されるというバンヴェニストの主張を、「わたし」と言うことの中で「わたし」が捉え直されると修正を施す。また、この微妙にして決定的な修正によって、リクールは「わたし」を巡る二重の逆説を解決したのである。
「言うこと」に関するこうした修正は必然的に、言語そのものの性格についても修正を迫ることになる。「言語は、基礎でもなければ対象でもない。それは、媒介なのである。言語とは、主体がその中で、そしてそれによって自らを定立させる媒介者、ないし場」として位置付けられ直される(26)。この結果リクールは、人称代名詞「わたし」を伴うそのつどの発話行為を、わたし自身をそのつど捉え直すための媒介行為として位置付けたのである。
以上、リクールによるバンヴェニスト受容を手掛かりとして、「わたし」と言うことが当の本人に投げ返す力の一部が、幾分はっきりとしたのではないだろうか。わたしと言うことで、失われかけているわたしを捉え直し、肯定し直す。ただ、言うことでわたしにわたしを捉え直させるよう仕向ける働き――わたしがなすのではなく、わたしをなす働き――は、発話行為のたびに逃れ去ってしまう。言述の出来事において、わたしは捉え直されると同時に、取り逃がされる。従って、その捉え直しは、言わばわたしの「上流へ向かって」絶えず繰り返され続けられねばらない。その絶えざる連続の中でその都度感じられる「わたしの捉え直しと捉え損ね」、それこそが、「わたし」と言うことが当の本人になすことである。こうして、「言うこと」は、わたしへと反射的に回帰しつつもわたし自身を開いていく出来事となる。ここに、リクールの考察は、言うこと自体の謎を垣間見ることで閉じられる。
我々が話すことの中に言うことが突如生じることは、言語の神秘そのものである。言うこと、それは私が言語の開放と呼ぶもの、いや、もっと正確には開かれと呼ぶものである。(27)
さて、リクールのバンヴェニスト受容は、言述の現実化行為の中での「わたし」の捉え直しという論点に要約されるが、それとは近接しつつも根本的に異なる仕方でバンヴェニストを受容したのが、イタリアの哲学者アガンベンである(28)。注目を集めた著作『アウシュヴィッツの残りもの』(1998)の中で(29)、アガンベンはアウシュビッツから生き残った人たちが「証言する」とは一体如何なる事態なのかを考察する際、バンヴェニストの所論を参照している(30)。そこでアガンベンは、言述の現実化行為の中で起こる、主体化と脱主体化の奇妙な同時発生について分析をおこなっている。
ここで再び、リクールの議論に立ち戻ってみよう。彼の視点は、概ね、二つの事柄へ向けられていた。第一に、ラングではなくパロールと話す人の関係について。その結果として、第二に、言述の現実化行為によって生じる主体性について。前者について言えば、明らかにリクールは、ラングについてはある種の「道具」として捉えており、そこには特別の関心を寄せていない(31)。他方、アガンベンが関心を寄せるのは、この二つの事柄の裏側である。第一に、ラングと話す人の関係について。第二に、言述の現実化行為によって生じる主体性が、生を生きる個体としての人間に及ぼす影響について。結果、アガンベンによるバンヴェニスト受容は、リクールのそれとは似て非なる方向へ向かっていく。この二つの事柄の順序に従って、アガンベンの議論を辿っていくことにしよう。
我々は第4節において、バンヴェニストの次のような主張を確認した。「個々の話し手が、自らを「わたし」として指し示すことでラング全体を自らのものとすることができるよう、言語は組織化されている」(強調追加)。アガンベンの着眼点は、ここに言われている「ラング全体を自らのものとすること」を文字通りに受け取り、かつ、それは一体どのようなことなのか、そして、そうした条件のもとでどのようにして発話行為をおこなえるのか、と問う点にある 。そして、我々同様、リクールが整理した二重の逆説に遭遇する。
ラングから言述への移行は、よく見ると逆説的な行為であり、主体化と脱主体化とを同時に含んでいる。一方で、心身を持つ個人は、陳述の主体/主語となるためには、この現実の個体の中で完全に自らを廃棄し脱主体化し、純粋な転移語 shifter[=直示語にほぼ相当]である「わたし」の中へと同一化しなければならない。(32)
ここまでは、二重の逆説というリクールの見解と大差はないように思える。リクールは、ここからこの逆説を解決すべく、言語外の前提として、主体の語る能力を導入したのだった。
だが、アガンベンはそれを逆説とは見なさずに、続く難解な文章でこう述べる。
しかし、ひとたび言語外のあらゆる現実から脱ぎ出て、陳述の主体/主語となるや否や、この個人は、自分が到達したのが語ることの可能性ではなく、むしろ、語ることの不可能性なのだということに気がつく。いや、むしろ、支配することも捉えることもできない異言の潜勢力 potenza glossolalica によって、自分が既に先取りされている存在であることに気がつくのである。(33)
アガンベンがここで言わんとしたいのは、こういうことである。「わたし」を語る人は、それを通じて直示語――わたし、いま、ここなど――を含めてラング全体を自らのものとする。アガンベンが異言の潜勢力と呼ぶのは、潜勢力としてのラングにほかならない(34)。しかし、ラングとは話す人がどうこうする前から既に確立しているものであり、それ故、語る人は――「わたし」という語自体も含めて――ラングを現勢化させながら語るほかない。アガンベンはこうも言い換えている。「パロールにおいて語るのは、個人ではなく、ラングだ」と(35)。この意味で、「わたし」と口にしている当の本人が自分で、いや、自力で語ることは不可能だ、というわけである。
これが、バンヴェニストの主張を字義通りに受け入れた上でアガンベンが考える、主体化と脱主体化の連動である。アガンベンは、続いてその「わたし」と口している心身を持つ個人のことを、生を生きているもの il vivante と呼びかえる(36)。そして、言うことを境とする主体化と脱主体化の同時発生を、言述の現実化行為によって構成される主体と、生を生きているものとの間の隔たりの間で交わされる「交替」として理解する。
むしろ、「わたし」とはまさしく……生を生きているものが話すものになることと、話すものが生を生きていると感じることとの間の、還元不可能な隔たりを意味するのである。確かに、二つの系は互いに寄り添いあいながら流れており、言わば、絶対的親密さの中にある。しかし、親密さとはまさに、隔たりでありつつも近さでもあるもの、つまり、決して同一にはならない混交状態に対して我々が与える名ではないだろうか。(37)
アガンベンがこの奇異な主張するとき念頭にあるのは、収容所という極限状況の中で、栄養失調の中で生きる屍のような状態になり、声を上げることさえなくなってしまったユダヤ人たちである。彼らは、生を生きている。しかし、もう話すものにはならない。ただしアガンベンは、そのような状況の中でしか、言述の中で構成される主体と生を生きるものとの間の隔たりが発生しないと主張しているのではない。こうした限界状況の中で、それが剥き出しになると考えているのである。
アガンベンの思惟の緊張を削いでしまう恐れもあるが、卑近な例をもちだして、彼のいう「還元不可能な隔たり」という概念に接近を試みてみよう。
フランス語の文章を読むことはできるが、耳で聞き取ることも、声に出して話すこともできない人がいるとしよう。さて、その人がフランス語で話しかけられた場合、せいぜい "je … je …" と口にする程度で、あとはなす術もなくうろたえ、手足をばたつかせ、視線を漂わせるばかりとなろう。言述の現実化は起こらない。ラングは、自らのものとならない。その人は、言述の主体にはなれず、ただ、手足でもがいて生を生きているだけである。ところが、その相手が実は日本語も話せ、その人の無様な姿を見て日本語に切り替えてくれたとする。その瞬間、その人は「わたし」と話すものになる。そして、堰を切ったようにおしゃべりを始めるだろう。ただし、つい先ほどまでの動物的状態などなかったかの如く振舞うことで。このような事例においてさえ、語ることを奪われた状態と、語ることの中にわたしが入り込んでいる状態との隔たりは潜んでいる。
リクール――そしてバンヴェニストでさえ――の「言うこと」の議論は、言わば「理想的発話主体」のもとでのみ考察されていた。しかし、アガンベンのように例外的状況をひとたび経由することで、「言うこと」の奇妙な底を垣間見ることができたのではないだろうか。無論、その例外的状況とは、「言う/黙る」という選択の次元とは一切関係がない(38)。例外的状況とは、潜勢態にあるラングを現勢化させることの一切を剥奪される状況である。「ラングを持たないことがありうる puo non avere liugua からこそ、人間は語るもの、つまり、言語を持つ生きるものなのである」というアガンベンの言葉も(39)、そうした状況を背景にしている。そして、人がラングを持ちうるか否かは、偶然に委ねられた可能性の問題なのである(40)。アガンベンはこのような考察を通じて、最終的に次のような人間理解に至る。
人間とは……中心にある閾sogliaである。この閾をまたいで、……絶えず主体化の流れと脱主体化の流れが通過し、生を生きるものが話すものになることの流れと、言葉logosが生を生きるものになることの流れが絶えず通過する。これらの流れは同じ広さを持つが一致はしない……。(41)
以上、バンヴェニスト受容という論点に絞って、アガンベンの思索を辿ってきた。彼は、ラングと話し手の関係と、話す主体と生を生きる人間との関係という二つに視点を向けることで、リクールが低減させようとした逆説の脅威を、むしろそのままに残そうとした。そして、そこから「閾としてのわたし」という独特な人間理解を引き出したのである。そこに、バンヴェニストの主張をあまりに真に受けたがために生じた強引さがあることは確かであろう。しかし、その一方で、リクールが直ちに言語外の前提とした「話す能力をもつ主体」に対し、「ラングをもたないことがありうる」という事実を突きつけ、その事実を手掛かりとして、「言うこと」において起こる主体化の裏側で同時に発生している影の存在を示唆したという点は、積極的に評価すべきだと思われる。「言うこと」において、わたしが自力で語るかわりにラング――しかも、これとて、文化的-歴史的-社会的に構築された偶然の所産なのだ――が語り、しかも、ラングを持ちえない可能性(つまり、生を生きるもの)が消尽する。
「言うこととは……言語の開かれである」とはリクールの言であるが、その開かれには、主体へ向けての開かれと同時に、主体とは別の何かに向いた開かれもあるのではないだろうか。恐らく、それらの開かれは、必ずしも相互排他的なものではない。むしろ、「言うこと」において起こる「わたしの捉え直し」(リクール)とは、「主体化と脱主体化の連動」(アガンベン)のうちの一面を深く掘り下げたものだと見なすのが妥当ではなかろうか。その根拠は、二人の着眼点の違いにある。バンヴェニストの議論のうち、リクールが着目した点の裏側を着目したのがアガンベンだと私は指摘した。つまり、「言うこと」という一つの出来事の中で、二人の着眼点はそれぞれ別の箇所に置かれているのであって、バンヴェニストの議論そのものを大きく変更しているわけではないからである。
以上、バンヴェニスト-リクール-アガンベンの三者の間で交わされた「対話」を巡る「対話」について、分析をおこなってきた。
バンヴェニストからは、「わたし」と言う平凡な出来事が言う当の本人に跳ね返す力に関し、その所在と基本的な性格について論じる足場を得ることができた。リクールからは、その力の具体的内実として「わたしの捉え直し」という観点を引き出すことができた。それは、「わたしはここにいます」と、このわたしがここに凛然と立つことの肯定――かつ、終りなき肯定――だとさえ言ってもよいだろう。アガンベンからは、その力の別の内実としての「生を生きるものが言うものになり」かつ「言うものでありつつ、自力では言うことができないものになる」こと、即ち、「閾をまたぐわたし」という観点を引き出すことになった。それは、言うことの中に差し込まれ、「わたし」の水脈を途絶えさせる眩暈を引き起こすような隔たりを思惟するための糸口になるだろう。残念ながら、後者二人の議論がどこまで整合的にすり合わせられるかについては、まだ検討の最中である。自らの不徳を恥じたい。
ところで、本論は「対話における「わたし」」が論点であった。しかし、このような限定的な問題設定をおこなった時点で、既にバンヴェニストの議論から重要な論点を取り逃がす結果になったのは否めない。それは、「わたし」と同時に定められる「あなた」である。リクールは、この論点を見逃すことなく次のように述べている。
要するに、陳述とは対話なのである。こうして、……話し手ないし行為者の自己性へと向かう前進には、その対として、それに匹敵するパートナーの他者性への前進を伴うという主題が、形を取り始めるのである。(42)
それ故、「対話における「わたし」」といいつつも、それが「「対話」におけるわたし」である事実を十分に斟酌できていない点は、素直に批判を待つほかない。対話状況という観点から見れば、アガンベンの考察、そして私自身の態度は、「あなた」を前にした「わたし」のたじろぎ、「あなた」へ応答する責任を引き受けることからのあとすざりとしてさえ映るかもしれない。
しかし、その限定性の結果、少なくとも、こう言うことは可能になっただろう。対話の中で発する「わたし」というあまりにも些細な一語。それを口にする氣発のその瞬間にその語「わたし」がわたしにもたらす揺らめきは、決して対話の中で「わたし」を安定させてくれないのだ、と。そして、対話的探求とは、言葉の中でわたしを絶えず揺るがせながらでしかなされえない探求なのだ、と。