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概要

  • 本研究は,18世紀における流体力学の理論的発展を,世紀前半に活躍したヨハン・ベルヌーイからラグランジュまでを辿り,古典力学の解析化の過程を考察するとともに,エネルギーや運動量という保存量概念と,運動方程式による問題解法がどのように絡み合って発展していったのか,力学の基本原理がどのように見いだされていったのかを解明することを目的としている.
  • 古典力学史は,科学史研究の中でももっとも歴史が古く,19世紀にはヒューウェルの『帰納科学の歴史』(1837)やマッハの『力学の発達』(1883)がすでに現われており,20世紀にもデュガスの『力学史』(1950)のような研究が現われている.しかしながら個別研究の多くは,ガリレオやニュートンといった17世紀科学革命を担った科学者に関するものが圧倒的に多く,18世紀に関する研究は1980年代まで遅れていたと言えよう.その背景には古典力学はニュートンの『プリンキピア』によってその基礎が築かれ,それ以後の発展はその単なる精緻化にすぎないと一般にはみなされていたことが挙げられる.
  • 18世紀力学史は,レオンハルト・オイラーの力学の研究者として知られるトゥルーズデルによる先駆的研究(彼の重要な研究は1950年代から『オイラー全集』の解説として書かれた)を除けば,ほとんど1980年以降に現われている.彼はオイラーの膨大な著作や論文を読解し,オイラーこそ,運動方程式を基礎とする力学の理論体系を築き,我々が抱いているニュートン力学を構築したと論じたのだった.数学史研究の発展を背景に,1990年代以降にはニュートンが『プリンキピア』で展開した力学理論は幾何学的技法に基づいたものであり,それを代数的かつ解析的なものに鋳直したのは,18世紀前半に活躍したヴァリニョン,ヨハン・ベルヌーイ,ダニエル・ベルヌーイ,ダランベール,そしてオイラーらである.
  • そのような新しい研究の代表的なものとしては,MalteseやGuicciardiniのものが挙げられよう(G. Maltese, La storia di F=ma, 1992; N. Guicciardini, Reading the Principia, 1999).オイラーは力学の基礎として運動方程式を一貫して主張する一方で,運動エネルギーや運動量の保存則を基本原理としては認めなかった.これは当時としては非常に特異な立場であり,我々にも奇異に思われる.同時代の研究者たちは,ダニエル・ベルヌーイのように,運動エネルギーの保存則(当時の用語を用いれば「活力」の保存則)を基本原理にしており,運動方程式を基本原理とするオイラーとの間で方法論上の相克があったと考えられる.
  • 本研究では,保存則がもっともよく用いられ,18世紀力学においては,惑星の運動理論や,弦の振動問題とともに中心的な研究対象だった流体力学を選び,保存則による研究方法の発展を辿るとともに,運動方程式による研究方法との相互関係,さらには力学の基本原理が確立されていった過程を解明することを目指す.18世紀において流体力学は力学の中でももっとも大きな変貌を遂げた分野であった.ダニエル・ベルヌーイによる「ベルヌーイの法則」の発見,そして流体に関する「オイラーの運動方程式」,「ラグランジュの運動方程式」の定式化によって,17世紀にほとんど見るべきものがなかった領域が解析的学問として姿を現わしたのである.しかし流体力学に関する過去の研究は,惑星運動に代表される質点や剛体の運動に関する研究と比べて非常に少なく,最近まではTruesdellの研究しかなかった(C. Truesdell, "Rational Fluid Mechanics, 1657-1765", in L. Euler, Opera omnia, ser. 2, vol. 12, 1954. しかし近年いくつかの研究が発表されており,研究者の関心がこの分野にも向けられ始めたと言えるかもしれない.)