『哲學研究』第500号以降の目次

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発行日 著  者 論  文  名
598 26/10/10 福谷 茂 カントの誤謬論 一
(2014) 冲永 宜司 プラグマティズムと形而上学 - ウィリアム・ジェイムズとフィルディナンド・C・S・シラーを中心に -
呉羽 真 エナクティヴィズムと意識のありか - <拡張した意識>への反論 -
597 26/4/10 伊藤 邦武 九鬼周造と輪廻の時間論
(2014) 伊藤 公雄 アントニオ・グラムシ 人と思想 - 現代社会理論とのかかわりで -
太田 純貴 タイムマシンとしての衣服
596 25/10/10 芦名 定道 現代キリスト教思想における自然神学の意義
(2013) 八杉 満利子 デデキントの数学観 - 大学教授資格取得講演における概念拡張の仕組み -
佐々木 拓 ロック哲学における動機づけの力 - 幸福、欲求、そして落ちつかなさ -
595 25/4/10 手島 勲矢 ヘブライ語は預言者と賢者の言語 - ユダヤ思想のロゴス化について -
(2013) 蘆田 宏 視知覚と脳
堀川 敏寛 ブーバーにおける汝としての聖書物語(二) - 聖書翻訳と万人預言者論 -
594 24/10/10 小柳 敦史 エルンスト・トレルチと保守革命
(2012) 堀川 敏寛 ブーバーにおける汝としての聖書言語(一) - 偽りの預言と預言者の誤解 -
渡辺 一弘 不確かな信念と帰納について - ヒュームの苦境から離れるために、ラムジーがとった二つのステップ -
593 24/4/10 落合 恵美子 東アジアの低出生率と家族主義-半圧縮近代としての日本
(2012) 宇佐美 文理 「形」と気象
Yuichi Amitani Modal Flexibility of Photographic Artworks
592 23/10/10 藤田 正勝 一九二〇年代のヨーロッパの哲学と日本の哲学の形成・発展
(2011) 加藤 希理子 エックハルトにおける真理認識と自己認識を巡る問題
太田 紘史 質的意識の表象説
591 23/4/10 板倉 昭二 赤ちゃんから見た世界 ――発達科学の挑戦――
(2011) 竹中 利彦 デカルトの懐疑における自由意志の無差別性について
Tetsuji Iseda When Is Diversity within a Field Desirable?
–A Social-Epistemological Analysis of Current American Sociology–
590 22/10/10 今出 敏彦 ハンナ・アーレントの『公的なもの』の概念(二) ――世界への愛――
(2010) 神崎 宣次 他者の態度への関心 ――環境プラグマティズム以降の環境倫理学の方向性についての検討と評価――
呉羽 真 「拡張した心」と認知の全体論
589 22/4/10 吉岡 洋 メディア芸術とは何か?
(2010) 出口 康夫 ことばと実在 ―「活動語」の意味―
太田 紘史 高階意識と質的意識
588 21/10/10 林 芳紀 ロールズの第二原理とその平等主義的性格(下)
(2009) 今出 敏彦 ハンナ・アーレントの『公的なもの』の概念(一) ――現代の福音――
Makoto Suzuki Understanding the Indeterminacy of Translation
587 21/4/10 宮崎 泉 大乗仏教における空性と慈悲──その関係、機能と実践の一断面──
(2009) 鶴田 尚美 誕生以前と死後の非存在の非対称性
林 芳紀 ロールズの第二原理とその平等主義的性格(上)
586 20/10/10 杉村 靖彦 宗教哲学へ──「証言」という問題系から──(二)
(2008) 出口 康夫 真矛盾主義的一元論──後期西谷哲学の再編成──(下)
池田 真治 デカルトの『規則論』における想像と抽象
枝村 祥平 ライプニッツにおける内的現象と外的現象── 一七〇一-六年を手がかりに──
大西 琢朗 「概念の外延・文脈原理・フレーゲ構造
585 20/4/10 松田 素二 グローバル化時代における共同体の再想像に向けて
(2008) 出口 康夫 真矛盾主義的一元論──後期西谷哲学の再編成──(上)
杉村 靖彦 宗教哲学へ──「証言」という問題系から──
三宅 岳史 ベルクソニスムと偶然性の問題
佐藤 慶太 「単なる概念(der bloße Begriff)」の二義性──カントの「超越論的哲学」を理解するための端緒として──
584 19/10/10 川添 信介 ウェルブムと形象──トマス・アクィナスの認識理論との関連で──
(2007) 原田 雅樹 「科学作品の現象学」の試み──量子論における局所性、並びに代数的視点と幾何学的視点の干渉──
長田 蔵人 「経験の可能性の制約」から「可能的経験」へ──カント『純粋理性批判』における演繹論と図式論
佐々木 崇 パースの批判的常識主義
583 19/4/10 根立 研介 彫刻史における和様の展開と継承をめぐって
(2007) 田中 紀行 「ヴェーバー・パラダイム」をめぐる諸問題
海田 大輔 傾向性の本質主義的理論に向けて──プライア説の批判的検討──
西村 正秀 ジョン・ロックの認識論における観念と性質の類似について
北島 雄一郎 量子力学における解釈問題と科学的実在主義
582 18/10/10 小林 道夫 ライプニッツにおける数理と自然の概念と形而上学(下)
(2006) 赤松 明彦 インドにおける哲学誌の成立とパースペクティヴィズム
杉山 卓史 カントの人間学講義における「経験的・心理学的」趣味論について
沢崎 壮宏 デカルト的「心の哲学」、その前史としての感覚知覚論
──「第十二規則」前半における「仮説」について──
581 18/4/10 小林 道夫 ライプニッツにおける数理と自然の概念と形而上学
(2006) 氣田 雅子 京都学派と宗教哲学 ──西田幾多郎から西谷啓治へ──
久木田 水生 ラッセルの論理主義における非基礎付け主義
小野 真 アリストテレスと西谷啓治
小林 剛 色と音声のパラレリズム
580 17/10/10 特集「始源の思索」
(2005) Muneo TOKUNAGA On the Origin of the Lesyas
赤松 明彦 根元の現れとしての文の意味と直観
宮崎 泉 アティシャの論理学に対する立場
宇佐見 文理 中国藝術理論史序説
金山 弥平 メノンのパラドクス、想起、仮設法、根拠の推理とラリサへの道──古代ギリシア哲学における本格的認識論の始まり──
國方 栄二 ロゴスとミュートス
水谷 雅彦 コミュニケーションと倫理学(下)
579 17/4/10 佐々木 丞平 近世日本絵画の熟成──日本の美意識構築に見る室町期の思想の影響──
(2005) 水谷 雅彦 コミュニケーションと倫理学(上)
三谷 尚澄 カントと「真正な生」
松本 直樹 障害状況(breakdown)からの存在論──ハイデガー『存在と時間』における存在と無との関係について──
578 16/10/10 特集「心の科学」
(2004) 櫻井 芳雄 神経回路網による情報の表現
黒田 妃香
服部 裕子
藤田 和生
新世界ザルにおける「こころ」の理解
板倉 昭二 成り立つ心──赤ちゃんの心の発達──
蘆田 宏 身体制御と錯視──手は騙されないか──
苧阪 直行 デカルト的意識の脳内表現──心の理論からのアプローチ──
福谷 茂 カントの«Opus postumum»の哲学史的位置について
深谷 訓子 自然の第一の法──一七世紀初頭のネーデルランド絵画における「キモンとペロー」──
577 16/4/10 岩城 見一 ヘーゲルと近代散文文芸──美学講義のコンテクスト
(2004) 中畑 正志 志向性──現在状況と歴史的背景(三)──
周藤 多紀 徳と認識──トマス・アクィナスにおける親和性による認識──
赤羽 律 究極的真理と世俗の真理──ジュニャーナガルバの二真理説とチベットにおける思想的立場──
576 15/10/10 氣多 雅子 宗教は私的な事柄であるか
(2003) 出口 康夫 さいは投げられたか──確率論の応用の正当化と科学的経験の超越性──
関根 小織 否定神学化する哲学──J・L・マリオンの宗教哲学──
金田 明子 意味論的真理とその病理性について
575 15/4/10 中畑 正志 志向性──現在状況と歴史的背景(二)
(2003) 杉村 靖彦 フランス反省哲学における神の問題──ラニョー『神についての講義』をめぐって──
松根 伸治 実践知と意志の弱さ──トマス・アクィナスの無抑制論──
浅沼 光樹 神の内なる自然──シェリング哲学の第二の端緒として──
574 14/10/10 山形 頼洋 西田哲学における行為的自己とフランス哲学における自我と他者
(2002) 藤田 和生 動物の心を探る──見えないものの認識を通して──
川添 信介 水とワイン──スコラ神学者の<哲学>──
瀬口 昌久 身体から魂へ──プラトン『ティマイオス』における知覚理論と心身問題──
573 14/4/10 伊藤 邦武 ヒュームの奇跡批判
(2002) 川添 信介 トマス・アクィナスにおける確実性について
アンドレア・レオナルディ ハイデガーの「太陽」──『存在と時間』の存在論上の限界と方法論的矛盾
小林 亜津子 聖餐をめぐるヘーゲルとルター──啓蒙と神秘の間
572 13/10/10 井上 俊 『シスター・キャリー』と初期シカゴ学派
(2001) 中畑 正志 志向性──現在状況と歴史的背景(一)
大原 嘉豊 九品来迎図研究における顕密体制論の実効性
宮武 実知子 「現実科学」の理念と困難──ハンス・フライヤーの社会学について
571 13/4/10 池田 秀三 徐幹の人間観
(2001) 岩城 見一 ヘーゲル,もう一つの感性論(Ästhetik)──「物」というフィクション
脇坂 真弥 自由と法則──カントの道徳論を手掛りにして
野村 明宏 〈社会的なもの〉と〈個人的なもの〉における非決定性の関係論──規律社会から管理社会への移行をめぐって
570 12/10/10 水垣 渉 「神の像」と「人間」──古代キリスト教における思想形成の前提と条件について(完)
(2000) 片柳 栄一 アウグスティヌスのコギト
伊藤 和行 古典力学における運動法則の歴史性──ニュートンの第二法則をめぐって
前川 修 複製の知覚──スライド鑑賞の諸問題
須藤 訓任 〔書評〕水野和久著『現象学の変貌 秩序の他者』
569 12/4/10 内山 勝利 対話と想起 ──プラトン哲学の「方法」──〔その二〕
(2000) 内井 惣七 道徳起源論から進化倫理学へ(三)
小林 道夫 現代フランスの認識論の哲学──G・G・グランジェの哲学を中心に
船山  徹 カマラシーラの直接知覚論における「意による認識」(manasa)
568 11/10/10 水垣  渉 「神の像」と「人間」──古代キリスト教における思想形成の前提と条件について──
故有賀鐵太郎先生(一八九九-一九七七)生誕一〇〇年を記念して
(1999) 加藤 尚武 ヘーゲルによる「自然哲学」の改訂──その哲学体系における「数学」の抹消
芦名 定道 キリスト教信仰と宗教言語
松田 克進 スピノザと主観性の消失
567 11/4/10 内井 惣七 道徳起源論から進化倫理学へ(続)
(1999) 小川  侃 見えることの構造──セザンヌをめぐる構造論的・現象学的省察──
三浦  要 禁じられた道──パルメニデスにおける探究の行方──
今井 尚生 パウル・ティリッヒにおける意味の問題と宗教
566 10/10/10 荒牧 典俊 理性とは・・・分別か
(1998) 内井 惣七 道徳起源論から進化倫理学へ
齋藤 了文 計算の哲学的意味
山脇 雅夫 近代の存在論──ヘーゲルの現実性概念──
565 10/4/10 長谷 正當 死と実存協同──田邉の晩年の思想をめぐって──
(1998) 杉村 靖彦 倫理的主体性をめぐって──レヴィナスとナベール──
西  欣也 無限性と無限界性のあいだ──最初期アドルノによるカント・フロイト評価──
奥野 満里子 パーフィットの功利主義擁護論(完)──人格論からのアプローチ──
564 9/10/10 岩城 見一 ヘーゲルの<感性論(Ästhetik)>──心の病をめぐって──
(1997) 藤田 正勝 ことばと思索──あるいは日本語と哲学──
秋庭 史典 情動の批判的機能──ヘルマン・コーヘンにおける美学と倫理学──
奥野 満里子 パーフィットの功利主義擁護論──人格論からのアプローチ──
563 9/4/10 伊藤 邦武 ケインズの哲学思想の発展──『確率論』の以前と以後──
(1997) J.W.ハイジック 種の論理とグローバル・ヴィレッジの批判
加藤 雅人 ガンのヘンリクスにおける<エッセ>の問題
朴  一功 ソクラテスの徳概念
562 8/10/10 内山 勝利 対話と想起──プラトン哲学の「方法」──〔その1〕
(1996) 乾  敏郎 知覚と認知の計算理論
倉田 隆 デカルトの「大いなる傾向性」──『省察』における物体の存在証明の一考察──
吉本 浩和 ハイデッガーにおける物の超越性の問題と現代社会の危機
561 7/10/10 オットー・ペゲラー 建築と自律的芸術
(1995) 藤本 温 真理・個・本質──オウベルニュとアクィナス
岩田 文昭 リクールにおける反省哲学と解釈学
戸島 貴代志 生と死──ベルクソニズムからの寄与
560 6/10/20 薗田 坦 近世初頭における自然哲学と自然科学
(1994) 土井 健司 エペクタシス──ニュッサのグレゴリウスにおける「無限」の問題──
橋本 康二 論理的帰結関係をどう定義するか
松井 吉康 マイスター・エックハルトにおける「自由」の問題
559 5/10/10 内山 俊彦 董仲舒における歴史意識の問題
(1993) 芦名 定道 宗教的認識と新しい存在
管  康弘 コンミュニオンの意義と展開(完)──ロバートソン・スミスからデュルケームへ──
仲原 孝 〔書評〕Taitetsu Unno(ed.), The Religion Philosophy of Nishitani Keiji
558 4/10/20 吉岡 健二郎 芸術と時間
(1992) 苧阪 直行 読みの精神物理学──有効視野の役割を中心に──
仲原 孝 カントの「超越論的」哲学の意味
管  康弘 コンミュニオンの意義と展開──ロバートソン・スミスからデュルケームへ──
557 3/3/20 徳永 宗雄 同語反復表現に見られるインド的思惟の特質
(1991) 中釜 浩一 時間空間論における規約主義
出口 康夫 カントの超越論的観念論について
556 2/5/20 青木 茂 カントとヘーゲル──神の存在論的証明をめぐって──
(1990) 佐々木 丞平 日本絵画における写実と空間の問題
倉田 隆 デカルトの判断論──『規則論』における知性の判断について──
吉田 喜久子 マイスター・エックハルトに於ける受肉のmysterium──三一性のmysteriumへ向かう道──
浜野 研三 クワインの行動主義的物理主義と翻訳の不確定性テーゼ
隈元 忠敬 〔書評〕三渡幸雄著『カント哲学の基本問題』
555 2/3/20 酒井 修 ヘーゲル哲学の本邦渡来──その『論理学』の研究のために──
(1990) 依田 義右 マルブランシュの天使論と悪魔論
早瀬 明 歴史と世界──青年ヘーゲルの歴史経験──
阿部 典子 フィヒテ哲学の上り道における自覚
品川 嘉也 〔討議〕情報の物理学と哲学──大庭健氏の批評に答える──
長澤 邦彦 〔書評〕隈元忠敬『フィヒテ「全知識学の基礎」の研究』
野村 直正 〔書評〕小川侃著『現象のロゴス──構造論的現象学の試み』
554 62/9/20 梶山 雄一 空と慈悲
(1987) 田中 成明 法律学と哲学──実践哲学の復権の一側面──
門脇 健 劇としての『精神現象学』──ヘーゲルの見たハムレット──
真田 郷史 スピノザの倫理思想における目的因の否定──人間本性の型(exemplar humanae naturae)をめぐって──
〔資料〕 西田幾多郎・全集未収載遺稿(四)
小田 武 〔回想〕『哲学研究』の思い出
藤本 隆志 〔書評〕野本和幸著『フレーゲの言語哲学』
『哲学研究』第47巻総目録
553 61/9/20 清水 善三 曼荼羅の構成(2)
(1986) 圓増 治之 「真理への意志」──近世哲学に於けるその内的変動──
安藤 正人 デカルトにおける意志の問題──意志とindifferentia──
中村 治 トマス倫理学の基礎──至福への本性的欲求について──
〔資料〕 西田幾多郎・全集未収載遺稿(三)
神野 慧一郎 田村均氏の書評に答う
早瀬 明 〔書評〕藤田正勝著『若きヘーゲル』
552 61/3/20 澤口 昭聿 普遍概念としての多様体
(1986) 宝月 誠 「相互作用論」のモデル序説(完)
長倉 久子 事物の類似たるイデア──ボナヴェントゥラのイデア論における問題──
小林 道夫 デカルト形而上学における自然学の形而上学的基礎づけ──伝統的形而上学との対比において──
〔資料〕 西田幾多郎・全集未収載遺稿(二)
大橋 良介 〔学界展望〕西田哲学をめぐる最近の論点──書評をかねて──
氷見 潔 〔書評〕岩波哲男著『ヘーゲル宗教哲学の研究──ヘーゲルとキリスト教』
551 60/3/20 本吉 良治 沈黙の思考(完)
(1985) 土岐 邦夫 ヒュームにおける理性と情念
松丸 壽雄 「有の問い」から「回思」へ──ハイデガーに於ける「思索」と「詩作」に関する一考察
中畑 正志 言語・意味・対象──『クラテュロス』におけるプラトンの言語哲学
〔資料〕 西田幾多郎・全集未収載遺稿(1)
臼井 二尚 〔回想〕留学当時の思出(完)
田村 均 〔書評〕神野慧一郎『ヒューム研究』
550 59/10/20 辻村 公一 最後の神──ハイデッガーの思索に於ける
記念特集号 藤澤令夫 「状況」の変化と「もの自身」の変化──プラトン『テアイテトス』(154B-155D)における背丈比べのパラドクスの哲学的意味
(1984) 山田 晶 アリストテレス『詩学』悲劇論における《プラグマ》の意味について
酒井 修 1801年夏のヘーゲル──『イエーナ時代の論理学』研究(2)
服部 正明 クマーリラの vakyartha(文章の意味)論
日原 利國 華夷観念の変容
本吉 良治 沈黙の思考
平野 俊二 海馬の「空間地図説」対「時間処理説」の検討
吉岡 健二郎 美的価値の問題
中 久郎 行為理論における「秩序」の問題
梶山 雄一 輪廻と超越──『城邑経』の縁起説とその解釈
水垣 渉 「ヨブ記」における問いの問題
木曾 好能 普遍についての試論──ロック,バークリー,ヒュームの普遍論の批判的検討
池田 秀三 中国古典における訓詁注釈の思想
清水 御代明 ジャワの小学生の連想反応──筆記反応の読みとりについての覚書
佐々木 丞平 江戸時代における外科書と相書──円山応挙の人物図研究序説
宝月 誠 「相互作用論」のモデル
長谷 正當 構想力と超越の問題
御牧 克己 インド・チベット論理学における「所証相似」(sadhyasama)の問題
〔第550号記念特集号記事〕
田中 美知太郎 『哲研』に書いたもの
長尾 雅人 『哲学研究』と私
澤瀉 久敬 第五五〇号を祝して
舩山 信一 『哲学研究』との私の係わり合い
高峯 一愚 『哲学研究』回顧
臼井 二尚 〔回想〕留学当時の思出
549 59/4/20 江原 昭善 人類はなぜ人類なのか──「未完の人類」
(1984) 清水 善三 曼陀羅の構成[1]
日高 敏隆 いわゆる「原型」思想について──動物学における「比較」概念の問題
林 愛子 体験と形而上学──ジャンケレヴィッチ哲学の理解の試み
平野 俊二 〔報告〕パサデナの冬
嶺 秀樹 〔書評〕下村寅太郎『ブルクハルトの世界』
548 58/10/20 野本 和幸 フレーゲにおける論理哲学の形成──意味論の視点から
(1983) 池田 秀三 緯書鄭氏学研究序説──探究と倫理
伊藤 邦武 パースにおけるプラグマティズムと規範学の理論
森口 美都男 〔討議(1)〕「純粋実践理性の批判」とは何を意味し得るか
山崎 和夫 〔討議(2)〕(A)品川嘉也氏の最近論文『力学における決定論と意識の自由について』を読んで
品川 嘉也 (B)力学における決定論とは何か──古典力学の隠された変数
547 58/5/20 山田 晶 トマスにおけるレスとエッセンチアについて
(1983) 新田 博衛 絵画空間について(承前・完)アルベルティとヒルデブラント
金子 晴勇 ルターとオッカム主義の伝統
福谷 茂 物自体と『純粋理性批判』の方法
佐々木 丞平 〔調査(1)〕エルヴィン・ベルツの遺産
小南 一郎 〔調査(2)〕道教の旅から
546 57/11/20 水垣 渉 古代キリスト教における「好奇心」の問題
(1982) 大出 晁 論理における原理的なもの──アリストテレスの所論をめぐって
品川 嘉也 力学における決定論と意識の自由について──情報構造としての意識
平松 希伊子 デカルトにおける永遠真理創造説について
中島 道男 〔新刊紹介〕中久郎『デュルケームの社会理論』
545 57/8/20 山内 得立 随眠と帰属の理論(承前・完)
(1982) 中 久郎 共同体論における共同性の問題
小池 澄夫 「分割法」考案──プラトン後期対話篇への視点
酒井 潔 主観と自発性──ライプニッツ形而上学の根本問題
竹内 享 〔書評〕川原栄峰『ハイデッガーの思惟』
544 57/4/20 山内 得立 随眠と帰属の理論(承前)
(1982) 西村 嘉彦 デカルトの自由意志論
宝月 誠 相互作用論から見たキャリア分析──ジャック・ローラーの解釈
氷見 潔 ヘーゲルの啓示宗教論
小熊 勢記 〔書評〕浜田義文『カント倫理学の成立イギリス道徳哲学及びルソー思想との関係』
543 56/11/20 山内 得立 随眠と帰属の理論
(1981) 酒井 修 論評と構築とのあひだ──ヘーゲル『イエーナ時代の論理学』研究(1)
佐藤 文隆 物理学と宇宙論における最近の試み──統一ゲージ理論と力の法則の相対化
北岡 武司 カントにおける最高善の実践的必然性に関する一試論
加藤 哲弘 〔書評〕Friedrich-Wilhelm von Herrmann : Heideggers Philosophie der Kunst
542 56/3/20 平野 俊二 記憶の二過程
(1981) 浅野 楢英 アリストテレスにおける個別と普遍──『形而上学』巻一〇章の問題を中心として
岡村 信孝 直観と綜合
溝部 明男 T・パーソンズにおける「合議制的アソシエーション」と「専門職」をめぐって──故タルコット・パーソンズ教授を偲ぶ
『哲学研究』第四十六巻(531~542号)総目録
541 55/12/20 柿崎 祐一 視覚の生態──心理学的知覚論への一試考
(1980) 岩城 見一 《芸術の終焉》と《芸術の可能性》──ヘーゲル美学の解釈について
小浜 善信 伝達の可能根拠について──Confessiones, XI, 3, 5
舩山 信一 「構造的発展における哲学」としての体系──西田哲学とヘーゲル哲学との対立点
540 55/4/20 藤澤 令夫 現実活動態(下)アリストテレスにおけるキーネーシス(あるいは運動の論理)とエネルゲイア(あるいは活動の論理)との対置について
(1980) 長澤 邦彦 知識学と「弁証法」──1794年の『基礎』を中心に
赤松 明彦 ダルマキールティのアポーハ論
539 55/2/25 藤澤 令夫 現実活動態(上)アリストテレスにおけるキーネーシス(あるいは運動の論理)とエネルゲイア(あるいは活動の論理)との区別
(1980) 水垣 渉 探求とロゴス(完)
西谷 敬 マックス・ヴェーバーにおける理解の方法(完)
田村 祐三 空間と幾何学(完)
538 54/11/20 山田 晶 トマス・アクィナスにおける《causa rerum》について(承前)──Sum.theol. I, q.14, a.8.
(1979) 山田 弘明 デカルトの合理主義について(完)理性の意義と役割
安彦 一恵 G・W・F・ヘーゲル体系以前期における思想形成の内面的展開(完)
537 54/8/30 池田 義祐 支配変動論
(1979) 山本 誠作 ホワイトヘッドと西田哲学──神と世界との関係をめぐって
杉山 聖一郎 認識と超越──カント哲学の場合
米沢 有恒 芸術の過去性をめぐる一考察──ハイデッガーの哲学を中心にして
536 54/4/10 森口 美都男 「現實」
(1979) 西谷 敬 マックス・ヴェーバーにおける理解の方法(承前)
田中 進 ヒュームに於ける「外界」と「自我」の問題(完)
長岡 成夫 カントの義務論
535 53/6/10 クルト・ヒュプナー 歴史知識における理論(2)(神野慧一郎訳)
(1978) 新田 博衛 絵画空間について(中)アルベルティとヒルデブラント
山田 弘明 デカルトの合理主義について(2)理性の意義と役割
大橋 良介 〔書評〕アカデミー版『シェリング全集』第一巻
534 52/12/25 山田 晶 トマス・アクィナスにおける《causa rerum》について ──Sum.theol. I, q.14, a.8.
(1977) ヤン・パトチュカ 芸術過去論(米沢有恒訳)
太田 喬夫 芸術的気分について
533 52/9/30 クルト・ヒュプナー 歴史知識における理論(1)(神野慧一郎訳)
(1977) 西谷 敬 マックス・ヴェーバーにおける理解の方法
山田 弘明 デカルトの合理主義について
532 51/10/30 新田 博衛 絵画空間について(上)アルベルティとヒルデブラント
(1976) 筒井 文隆 カントの「我」と経験
小川 侃 ベルクソンの方法とその検討──ベルクソン的反省と現象学的反省
531 51/7/30 清水 善三 藤原彫刻に関する一考察(1)
(1976) 有福 孝岳 カントに於ける様相の問題(2)余語,東洋的反省
田中 敦 超越論的主観性の問題
安彦 一恵 G・W・F・ヘーゲル体系以前期における思想形成の内面的展開(1)
530 50/7/30 大峯 顯 フィヒテにおける構想力の概念
(1975) 田中 進 ヒュームに於ける「外界」と「自我」の問題(1)
田村 祐三 空間と幾何学(1)
『哲学研究』第四十五巻(519~530号)総目録
529 50/1/25 クルト・ヒュプナー 科学における相対主義と進歩の問題について──亡きイムレ・ラカトスを念頭に(神野慧一郎訳)
(1975) 有福 孝岳 カントに於ける様相の問題(1)余語,東洋的反省
土屋 盛茂 カントに於ける認識の客観性
丸山 高司 「歴史の説明」について
528 49/9/30 水垣 渉 探求とロゴス
(1974) 浅野 楢英 アリストテレスのシュロギスモス体系──最近の諸研究によって
神林 恒道 浪漫主義美学についての一考察──その神話解釈の問題をめぐって
田中 邦夫 〔書評〕R. E. Allen : Plato’s Euthyphro and the Earlier Theory of Forms
527 49/5/30 中 久郎 機能分析の方法──デュルケーム理論の問題
(1974) 石井 誠士 宗教的死と愛(3)キェルケゴールを通して
木曾 好能 ヒュームの哲学(1)その因果論
山田 弘明 デカルトにおける「直観」
526 48/9/30 清水 善三 彫刻の和様
(1973) 藪木 栄夫 必然性と反事実的条件文
山本 道雄 イエナ時代のヘーゲルについての一考察──近代の黙示録『絶対自由と恐怖』
布施 佳宏 M・メルロ=ポンティの身体論──le corps propre について
525 48/6/30 山田 晶 在りて在る者──アウグスティヌスの Exod. 3, 15 解釈
(1973) 石井 誠士 宗教的死と愛(2)キェルケゴールを通して
山形 頼洋 他我の存在について
野田 修 因果の必然性──ヒュームの因果論
524 47/12/25 山田 晶 在りて在る者──アウグスティヌスの Exod. 3, 14 解釈
(1972) 野本 和幸 バートランド・ラッセルの記述理論形成の過程
石井 誠士 宗教的死と愛(1)キェルケゴールを通して
523 47/7/1 吉岡 健二郎 芸術と言語
(1972) 向井 守 マックス・ウェーバーにおける東洋哲学の社会学的考察(3)
内井 惣七 帰納論理学と確率
522 46/12/1 ディーター・ヘンリッヒ 近代哲学の根本構造(有福孝岳訳)
(1971) W・パンネンベルク ヘーゲル哲学におけるキリスト教の意義(中埜肇訳)
若松 謙 カントの動機論
521 46/10/1 長尾 雅人 佛身論をめぐりて
(1971) 向井 守 マックス・ウェーバーにおける東洋哲学の社会学的考察(2)
物部 晃二 芸術的価値に関する若干の考察
520 46/6/30 吉岡 健二郎 芸術学についての一考察──ヘットナーを中心にして
(1971) 服部 知文 John Locke における「啓示」概念について
宮地 正卓 カントと非ユークリッド幾何学──マルチンのカント理説擁護との関連において
西谷 敬 マックス・ヴェーバーの政治思想──ナショナリズムと合理主義
519 46/3/31 武藤 一雄 宗教哲学の新しい可能性
(1971) 後藤 平 キリスト教と実存哲学──K・ヤスパースとG・マルセル
若松 謙 カントに於ける人間の自由の問題
竹尾 治一郎 〔書評〕『論理実証主義の遺産』P. Achinstein, S. E. Barker (ed.), The Legacy of Logical Positivism
518 46/2/28 重澤 俊郎 登析と孔丘──この二人はなぜ敵対しなければならなかったか
(1971) 山下 正男 論理学とは何か(完)
稲葉 稔 ヘーゲル『精神現象学』に於ける「自意識」の研究序説(3)
池田 善昭 ライプニッツの悪について──〈自発性〉(spontanéité)の問題
517 45/9/1 山内 得立 第三の論理
(1970) 山下 正男 論理学とは何か(未完)
稲葉 稔 ヘーゲル『精神現象学』に於ける「自意識」の研究序説(2)
516 45/8/1 山田 晶 無からの創造[2]その思想の形成
(1970) 土屋 純一 観念・性質・実体──ロックの場合
浅野 楢英 普遍の問題[2]プラトンの見解とアリストテレスおよび現代分析哲学者たちの諸見解との比較
筒井 文隆 ベルグソンの形而上学と科学
515 45/7/1 山田 晶 無からの創造[1]その思想の形成
(1970) 長谷 正當 ブロンデルの『行動』(1893)に於ける認識と存在との関係[2]
山岡 泰造 水墨畫の一考察──郭煕の林泉高致と早春圖
浅野 楢英 普遍の問題[1]プラトンの見解とアリストテレスおよび現代分析哲学者たちの諸見解との比較
514 45/6/1 中 久郎 逸脱の行為状況理論
(1970) 大羽 蓁 知覚理論に於ける機能主義の展開と知覚の問題
長谷 正當 ブロンデルの『行動』(1893)に於ける認識と存在との関係[1]
山下 正男 〔書評〕北川秀則著『インド古典論理学の研究』を読んで
513 44/11/1 斎藤 義一 フィヒテの晩年の思想について
(1969) 田之頭 安彦 プロチノスの素材論,その2──知的素材と愛
岡本 藤一 ヒューム認識論における信念の考察
木村 慎哉 志向性
512 44/10/1 辻村 公一 ハイデッガーに於ける世界の問題(完)『有と時』の時期に於ける
(1969) 梶山 雄一 仏教における瞑想と哲学
今津 鶴雄 「存在」と構想力──カントの存在概念(理解)をめぐって
田之頭 安彦 プロチノスの素材論,その1──知的素材と愛
511 44/3/1 ウィンストン・L・キング 宗教的象徴の本質と作用(武内義範訳)
(1969) 辻村 公一 ハイデッガーに於ける世界の問題(未完)
稲葉 稔 ヘーゲル『精神現象学』に於ける「自意識」の研究序説(1)
510 44/2/1 植田 壽蔵 書の論理
(1969) 神野 慧一郎 倫理の理論に於ける功用の観念
有福 孝岳 世界概念の哲学──カントに於ける道徳と宗教の問題
509 43/9/1 島 芳夫 自由・運命・摂理
(1968) 向井 守 マックス・ウェーバーにおける東洋哲学の社会学的考察(1)
野本 和幸 科学的認識をめぐる合理論と経験論の対立と交錯──その現代理論哲学における意味
508 43/3/1 ジョン・D・ゴヒン ホワイトヘッド『過程と実在』への序説(承前・完)(野田又夫訳)
(1968) 森口 美都男 苦しみの場所 その四
戸田 省三郎 自由と必然──カントの自由論を中心として
507 43/2/1 ジョン・D・ゴヒン ホワイトヘッド『過程と実在』への序説(野田又夫訳)
(1968) 三谷 恵一 〔書評〕脳と電子計算機(後篇)F. H. George 著 : The Brain as a Computer について
506 42/7/1 本吉 良治 好奇動因と選択
(1967) 中 久郎 社会的事実と行為──デュルケム理論の問題
春名 純人 カントの神存在論証について──特に批判前期の「唯一の証明根拠」(1763年)を中心とする
『哲学研究』第四十三巻(495~506号)総目録
505 42/5/1 梶山 雄一 存在と知識仏教哲学諸派の論争(2)經量部の根本的立場
(1967) ヴァン・ブラフト ヘーゲルの精神現象学,及びそれ以前の諸書に於ける「生と死の戦い」の思想について(承前・完)
森 啓 デカルト哲学の立場
三谷 恵一 〔書評〕脳と電子計算機(前篇)F. H. George 著 : The Brain as a Computer について
504 42/4/1 森 三樹三郎 自然と人為
(1967) 吉田 忠勝 悪における自然の意味──シェリングをめぐる自然の概念(2)
池田 進 空間視知覚の方法論的検討──大きさの恒常現象に関連して
503 41/12/15 山田 晶 行為と罪
(1966) 吉岡 忠勝 芸術に対する自然の関係──シェリングをめぐる自然の概念(1)
吉岡 健二郎 芸術と技術
副島 正彦 ヒュームの「共感」の倫理
502 41/12/1 島 芳夫 歴史に於ける行為と反省(承前・完)
(1966) 岩坪 紹夫 ライプニッツとベール──精神的悪の問題
川村 榮助 カントにおける歴史の問題──目的論と歴史
501 41/1/1 植田 壽蔵 フラ・アンジェリイコの事蹟が語るもの
(1966) 池邊 義教 パトスのロゴス──ベルグソン哲学における直観と反省の問題
神野 慧一郎 批判的合理主義の一側面
渡邊 守道 クザーヌス五百年祭に出席して
500 41/9/30 野田 又夫 西洋哲学の特徴
記念特集号 辻村 公一 無底──シェリング『自由論』に於ける
(1966) 服部 正明 古典ニャーヤ学派のアートマン論とその背景
湯浅 幸孫 シナの倫理思想に於ける「規範」と「現実」
園原 太郎 行動主義と意識の問題
森口 美都男 善悪と自他
井島 勉 芸術制作における内在・超越の問題
蓮実 重康 縄文文化の時代の土偶彫刻における抽象と具象の芸術的意味
池田 義祐 社会事象としての多数決について
梶山 雄一 存在と知識──仏教哲学諸派の論争
武藤 一雄 使徒パウロの回心とそれをめぐる諸問題
「哲学研究」の思い出
植田 壽蔵 「哲学研究」の恩を思う
山内 得立 「哲学研究」の初めの頃
下村 寅太郎 回想
三村 勉 編輯回思
哲学研究総目次 第一巻~第四十三巻(1~500号) 附執筆者別索引

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