京都哲學會 公開講演会記録(平成4年以降)

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開催日 講 演 者 演  題
平成26年 11/3 伊勢田 哲治 19世紀科学哲学を現代の目で振り返る
(2013) 岩城 見一 アートは宇宙でなにができるか-京都市立芸術大学AASによるいくつかの実験をめぐって-
平成25年 11/3 伊藤 公雄 A-グラムシ:人と思想—現代社会理論とのかかわりで
(2013) 伊藤 邦武 九鬼周造の形而上学的時間論について
平成24年 11/3 蘆田 宏 視知覚と脳
(2012) 手島 勲矢 ヘブライ語は預言者と賢者の言語-ユダヤ思想のロゴス化について-
平成23年 11/3 宇佐美 文理 「気」と形象
(2011) 落合 恵美子 東アジアの低出生率と家族主義-反圧縮近代としての日本近代-
平成22年 11/3 板倉 昭二 赤ちゃんから見た世界──発達科学の挑戦──
(2010) 内井 惣七 ダーウィンの思考をたどる
平成21年 11/3 出口 康夫 言葉と実在――「活動語」の意味と指示――
(2009) 吉岡 洋 メディア芸術とは何か
平成20年 11/3 宮崎 泉 大乗仏教における空性と慈悲──その関係、機能と実践の一断面──
(2008) 内山 勝利 形と色──プラトン『ティマイオス』の周辺
平成19年 11/3 杉村 靖彦 宗教哲学へ──「証言」という問題系から
(2007) 松田 素二 共同体概念の再想像について──アジア・アフリカ社会のフィールドワークから
平成18年 11/4 田中 紀行 「ヴェーバー・パラダイム」をめぐる諸問題
(2006) 根立 研介 和様彫刻の成立と対外美術受容
平成17年 11/3 赤松 明彦 インドにおける哲学史の二つの系譜
(2005) 小林 道夫 デカルトとライプニッツにおける数理と自然の概念
平成16年 11/3 水谷 雅彦 コミュニケーションと倫理学
(2004) 佐々木 丞平 近世日本絵画の熟成──日本の美意識構築に見る室町期の思想の影響──
平成15年 11/3 福谷  茂 カント«Opus Postmum»の哲学史的位置について
(2003) 櫻井 芳雄 神経回路網による情報の表現
平成14年 11/3 氣多 雅子 宗教は私的な事柄であるか
(2002) 酒井  修 相克する立場のあひだに、理解は果たしてまたどこまで可能か
平成13年 11/3 川添 信介 水とワイン──スコラ神学者の<哲学>
(2001) 藤田 和生 動物のこころをさぐる
平成12年 11/3 中畑 正志 志向性 ──問題状況と歴史的背景
(2000) 井上  俊 「武道」の発明
平成11年 11/3 伊藤 和行 古典力学における運動法則の歴史性
(1999) 片柳 榮一 アウグスティヌスのコギト
平成10年 11/3 芦名 定道 キリスト教信仰と宗教言語
(1998) 加藤 尚武 ヘーゲル研究の現段階
平成9年 11/8 中村 俊春 ルーベンスと専門画家たち──絵画ジャンルの多様性をめぐって──
(1997) 水垣 渉 神の像(Imago Dei)と人間 ──キリスト教人間観における一つの問題点──
平成8年 11/3 藤田 正勝 ことばと思索──とくに日本語と日本の哲学をめぐって──
(1996) 荒牧 典俊 理性とは・・・・分別か
平成7年 11/3 伊藤 邦武 ケインズとラムジー ──二つの合理性概念──
(1995) 中  久郎 社会的行為論の展開
平成6年 11/3 清水 善三 鎌倉以降における彫刻の衰微について ──日本彫刻の可能性と限界──
(1994) 乾  敏郎 一般化逆光学について ──知覚と認知の計算理論
平成5年 11/3 岩城 見一 美学と二つの形而上学
(1993) 内井 惣七 進化と種の分岐 ──ダーウィンとウォレスの違い──
平成4年 11/3 筒井 清忠 近代日本における「教養」の問題 ──その歴史社会学的考察──
(1992) 薗田 坦 近世初頭における自然哲学と自然科学