[M2]能美孝啓 現象学・身体論/メルロ=ポンティの哲学

メルロ=ポンティの『知覚の現象学』を主なテキストにして「身体」を哲学的に考察しています。
哲学の歴史において「身体」の役割や位置づけは時代ごとに変化していきましたが、いつでも下位組織として考えられてきました。たとえば、「魂の墓場」や「精巧な機械」など。そもそも、こうした考えは身体を延長とみなすデカルトの二元論が源流となっているのでしょう。
こうした考えに対し、メルロ=ポンティは『知覚の現象学』の中で二元論的な立場を批判しつつ、知性における身体の優位性を論じました。そして、彼のアイデアは心理学や認知科学などの分野で今なお新たなヒントを与え続けています。
しかしながら、彼の論調は言葉巧みで読者をなにか分かった気にさせるものの、何か掴みどころ のない謎を残します( 世界内属存在や、 「身体を投錨する」、などなど ) 。そんな彼のアイデアをヒントにしつつ、身体の謎に迫っていきます。


主要業績

能美 孝啓 (2010), 「書評:鯨岡峻一, 『ひとがひとをわかるということ:間主観性と相互主観性』」, 『PROSPECTUS』, 第13号, 京都大学文学部哲学研究室, pp.175-181.
能美 孝啓 (2010), 「書評:Kirk M. Besmer, Merleau-Ponty’s Phenomenology」, 『哲学論叢』, 第37号, 哲学論叢刊行会.