哲学論叢
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XXXV →リポジトリへのリンク35
(2008)
<特別寄稿>
[Atsushi SHIMOJIMA] Sketching Formal Semantics of Graphical Meaning Derivation
<論文>
[稲岡栄次] 「学としての形而上学」とはなにか――「純粋理性の建築術」及び「形而上学の進歩」を手掛りにして――
[児玉斗] ニーチェの実験という隠喩について
[福島裕介] フッサールにおける志向の充実化について
[呉羽真] 生活世界における心――意識の問題と現象学の自然化――
[太田紘史] 現象性へのアクセス
<サーベイ論文>
**** 特集:因果的説明とベイジアンネットワーク****
[佐金武] 因果とは何かをめぐる哲学的論争 (1) ―― D. ルイスの反事実的条件法による分析とその批判――
[山口尚] 因果とは何かをめぐる哲学的論争 (2) ――メンジーズの機能主義とそれに対する批判――
[大塚淳] 哲学者のためのベイジアンネットワーク入門
[北島雄一郎] ベイジアンネットワーク、共通原因、そして因果的マルコフ条件
[北口耕平] カントの自己直観と自己認識――それらはどのような意義を持つのか――
[君嶋泰明] 『存在と時間』におけるハイデガーの真理概念――トゥーゲントハットの異議に対する各種応答――
[三木那由他] 言われていることへの二つのアプローチ――折衷的ミニマリズムと文脈主義――
[藤川直也] 直接指示論とフィクションにおける名前
[久木田水生] 表示的意味論
[八杉満利子] 連続体上の計算概念について――再帰関数を超えるもの――
[山口健太郎] 決定不全性問題とその解決法――Mayoの誤謬統計学とLaudanの規範自然主義との連関を通して――
<書評>
XXXIV →リポジトリへのリンク34
(2007)
<特別寄稿>
[森秀樹] 声と言葉
<論文>
[渡辺一弘] ヒュームの「理性に関する懐疑論」について
[佐金武] マクタガートに対していかに応答するべきか――ダイナミックな時間論を擁護して――
[三谷尚澄] コミットメントに基づく規範性理解の構造―― R. ブランダムによる推論主義のプログラムをめぐって――
<サーベイ論文>
[金田明子] 状況意味論によるパラドクスの分析――真理のパラドクスへの文脈鋭敏性アプローチ――
[北島雄一郎] ライヘンバッハの共通原因原理
[小草泰] 二次元可能世界意味論の展開 (1) ――初期の二次元意味論――
[佐金武] 二次元可能世界意味論の展開 (2) ――チャルマーズとジャクソンの認識的二次元主義――
[藤川直也] 二次元可能世界意味論の展開 (3) ――認識的二次元主義に対する批判的応答――
[太田紘史] 意識の表象理論
<書評>
XXXIII →リポジトリへのリンク33
(2006)
<特別寄稿>
[山脇雅夫] 対話としての吟味――『精神の現象学』における「外」の問題――
[久米暁] 内的懐疑論の懐疑的解決――渡邊氏の書評に応えながら――
<論文>
[Seishu Nishimura] Diagnostic Approach to Cartesian Skepticism --A Debate between Williams and Stroud--
[大西琢朗] フレーゲの論理主義と数の存在論
[槙原千尋] 真理のデフレ論者としてのラムジー
[佐金武] チャーマーズの「意識しない心」について――思考可能性と意識の不在をめぐる問い――
[太田紘史] 経験科学における多重実現可能性と多様性分析
<サーベイ論文>
[北島雄一郎] 認識論的構造実在主義と存在論的構造実在主義
[久木田水生] 帰納論理プログラミング
[大塚淳] 生物学における機能説明
[佐金武] マクタガートの遺産――現代時間論のバトルライン
[池田真治] ライプニッツの無限小概念――最近の議論を中心に――
<書評>
XXXII →リポジトリへのリンク32
(2005)
<特別寄稿>
[伊勢俊彦]印象と表象――情念と徳から接続的対象へ――
[浅沼光樹]一つの反省哲学――西田哲学の形成とカント主義――
<論文>
[大塚淳] スピノザ『エチカ』における目的論とコナトゥス
[三谷尚澄] 自律を通じた価値の構成について――カント的義務の理論を擁護する試み――
[久木田水生] ラッセルの記述の理論とタイプ理論の関係について
[山倉裕介] 発話と意思疎通――メルローポンティにおける言葉の問題――
[藤川直也] 固有名の指示について――社会的規約、対象の同定、記述――
<サーベイ論文>
[池田真治] 前期ライプニッツにおける連続性概念の変遷
[佐金武] クリプキ以後の様相的認識論――思考可能なものは成立可能か?――
[薄井尚樹] シミュレーション説について
<書評>
XXXI →リポジトリへのリンク31
(2004)
[竹中利彦] デカルトの「高邁」の徳と人間の一性
[三原就平] ロックの自然神学
[枝村祥平] 形象的思惟を超えた知性と微分算――ライプニッツの発見の契機――
[池田真治] ライプニッツの無限論と「連続体の迷宮」
[三宅岳史] ベルクソン『試論』における力の概念
[大伴慎吾] 『論考』の「対象」と色排除問題
[槙原千尋] 後期ウィトゲンシュタインの真理論
[山倉裕介] メルロ‐ポンティの知覚論の射程
<特別寄稿>[松田毅] 認識論的実在論――懐疑論と認識論の将来に関するウイリアムズの診断――
XXX →リポジトリへのリンク30
(2003)
[折橋康雄] 教育と哲学――モンテーニュ「教育論」に於ける哲学の意義をめぐって――
[枝村祥平] 関係的述語と実在的関係――ライプニッツ哲学における個体と個体概念をめぐって――
[沢崎壮宏] 哲学者のパラドックス――ディドロの唯物論あるいは人間学――
[次田憲和] 無限の痕跡――超現象学の試み――
[佐藤慶太] 歴史における他者の不在――ヤスパースとハイデッガーにおける「歴史性」概念をめぐって――
[佐々木崇] 論理的真理に関するクワインの議論の検討
[薄井尚樹] クワインの自然主義
<特別寄稿>[中山康雄] 志向性と社会の成立
XXIX →リポジトリへのリンク29
(2002)
[枝村祥平] モナドロジーの二つのアスペクト――ベールによるライプニッツ批判を通じて――
[長田蔵人] アンチノミーと充足理由律の問題
[三宅岳史] ベルクソン哲学における言語の消極性と積極性
[折橋康雄] 適用と実践哲学――ガダマーに於ける解釈学的適用の概念について――
[佐々木崇] パースに対するクワインの批判の検討
[浅沼光樹] 哲学のへりくだり――G・B・マシューズの〈子供の哲学〉について
<特別寄稿>[出口康夫] スコーレムの有限主義
XXVIII →リポジトリへのリンク28
(2001)
[石田真衣子] 「第六省察」における感覚の再考察の意味――感覚知覚の不明瞭さと知性の確実性――
[柴田健志] 『エチカ』における「第二種の認識」――現代フランスにおけるスピノザ研究の一段面――
[小川貴史] 意識の自然性――『精神現象学』「理性」章における意識から精神への転換をめぐって――
[佐々木崇] 「二つのドグマ」における分析性の問題
[安本英奈] 行為遂行的発言の特殊性
<特別寄稿>[伊藤邦武] ヒュームの確率論
<特集>カント文献紹介
XXVII →リポジトリへのリンク27
(2000)
[久米暁] ヒュームの懐疑論と彼によるその解消
[千葉清史] 『純粋理性批判』における現象概念について――“経験的実在論を可能ならしめる対象概念”という観点からの考察――
[三谷尚澄] 「実用的世間知」と「定言命法」――カント哲学の「多元主義」的側面――
[小川貴史] 直接性・媒介性・二重性――ヘーゲル『精神現象学』における、「自己意識」から「理性」への移行の、分析的解明
[アンドレア・レオナルディ] 善の研究における神
[久木田水生] 無限と再帰
[松本祐史] 倫理学の二つの区分について――「他者」依存型倫理と「絶対」依存型倫理
[山田健二] エンジニアのジレンマ
<特別寄稿>[福谷茂] イタリアで見たこと、考えたこと
XXVI →リポジトリへのリンク26
(1999)
[西村正秀] ロックの観念がもつ存在論的身分――アルノーの観念との比較的考察
[斎藤稔章] 「人倫性」としての人間的自然――『人倫の体系』に於ける人倫的統体の構成
[松本祐史] ニーチェにおける存在論的真理と倫理
[次田憲和] 超越論的方法の存在論的意義
[吉田寛] 『論考』における「私の言語」と「私の世界」
[アンドレア・レオナルディ] 純粋経験の形而上学と主観主義――西田の自己考察を手がかりとして
<特別寄稿>[浜野研三] 潜在的能力から共通の運命へ
XXV →リポジトリへのリンク25
(1998)
[沢崎壮宏] デカルトにおける方法論と形而上学
[竹中利彦] 蜜蝋の分析とデカルトの物体概念
[柴田健志] スピノザのエチカにおける「共通概念」の位置づけ――コミュニケーション能力としての理性について
[斎藤稔章] 「否定的なもの」としての人間的自然――『人倫の体系』に於ける「犯罪」の必然性
[山田健二] 述語が何であるかについて
[増田玲一郎] 可能世界の現実性
XXIV →リポジトリへのリンク24
(1997)
[沢崎壮宏] 思惟の様態としての感覚
[柴田健志] ライプニッツの自然学における「力」の概念
[久米暁] 人格の同一性についてのヒュームによる再考
[斎藤稔章] 「関係」としての人間的自然――『人倫の体系』第一部の位置
[菊地建至] 悲劇的な生と知――ニーチェ『悲劇の誕生』におけるアポロン的な仮象感覚の意義をめぐって
[橋本康二] ラッセルの最初の真理論
[羽地亮] 痛みの分析
[関水克亮] 現象論は何事かを語り得ているのか
[増田玲一郎] 条件文の意味
<特別寄稿>[薗田坦] 無底と意志――J.ベーメの意志―形而上学の輪郭
XXIII →リポジトリへのリンク23
(1996)
[浅沼光樹] シェリングにおける神と自然過程
[斎藤稔章] 民族精神と人間的自然――ヘーゲルの「歴史の発見」
[樋口善郎] ヘーゲルにおける懐疑主義の克服
[竹島尚仁] 対自的存在と本質――ヘーゲル『論理学』存在論における反省と反省規定
[次田憲和] 感覚と身体――現象学的分析とその超越論的意義
[羽地亮] ウィトゲンシュタインにおける規準概念の形成過程――「文法と事実の区別」に寄せて
<特別寄稿>[山形頼洋] アンリの身体論――内在の概念とキネステーゼ
XXII →リポジトリへのリンク22
(1995)
[斎藤稔章] 精神の自然の権利としての人倫――ヘーゲルの最初の「精神哲学」に於ける意識と人倫
[折橋康雄] 天才と狂気――ディルタイに於ける芸術的構想力と狂気の問題をめぐって
[森秀樹] 倫理的同の構造――『全体性と無限』において
[次田憲和] 志向性の論理
[岩崎豪人] 意識についての哲学的アプローチ
[副島猛] On the Principle of Compositionality
[白旗優] 活動と意味
<特別寄稿>[小林道夫] 近代における自然哲学の展開――物理学と宇宙論との関係を中心に
XXI →リポジトリへのリンク21
(1994)
[濱岡剛] 定義と質料――アリストテレス『形而上学』における dimon (獅子鼻)問題をめぐって
[山下和也] カントの自由論――超越論的自由と実践的自由
[蔵田伸雄] カントの格率倫理学――カントの『道徳形而上学の基礎づけ』に関する一考察
[樋口善郎] シュライエルマッハーの解釈学における循環の問題
[竹島尚仁] 仮象の存在性格と二元論――ヘーゲル『論理学』本質論の一研究
[小川清次] ヘーゲルの「陪審裁判制」論――三月前期陪審裁判制要求運動との連関において
[布施伸生] 故郷世界と異郷世界の関係ダイナミックス――フッサールの生活世界論における目的論と事実性
[山本與志隆] 世界と死について――ハイデッガーの思惟を手掛かりにして
[副島猛] 直接指示説の一つの帰結――信念文におけるクリプキのパズルについて
XX →リポジトリへのリンク20
(1993)
[石田あゆみ] 有限と無限――ヘーゲルのイエーナ前期の問題
[斎藤稔章] 戦争と国家――イエナ時代初期のヘーゲルの戦争論
[橋本武志] 無と存在――前期ハイデッガーの根本思想
[戸島喜代志] 聴取と移行
[橋本康二] クワインによる「分析−総合」区分擁護
[蔵田伸雄] 道徳的葛藤と道徳判断の普遍化可能性――ウィンチの「道徳判断の普遍化可能性」に関する一考察
<特集>ウィトゲンシュタイン文献紹介
XIX →リポジトリへのリンク19
(1992)
[赤井清晃] オッカムの論証理論について――アリストテレスの katholou と kath' auto の解釈をめぐって
[松田克進] デカルトの感覚知覚批判――その三つの側面
[山脇雅夫] 反省と判断――ヘーゲル『大論理学』についての一試論
[伊藤均] フッサール現象学における習性と自我の問題
[戸島喜代志] 『存在と時間』における「不安」の概念
[山本與志隆] 存在と言葉の相即――ハイデガーの思惟を手掛かりにして
[吉本浩和] ハイデッガーにおける「形而上学の克服」
[橋本康二] 物理主義的真理論とは何か――フィールドのタルスキ批判をめぐって
<特別寄稿>[伊藤邦武] パットナムの機能主義批判――読書ノート: Hilary Putnam, Representation and Reality, The MIT Press, 1988
XVIII →リポジトリへのリンク18
(1991)
[岩崎豪人] 知覚ともの――ヒューム哲学を手掛かりに
[太田伸一] カントの空間論
[寺田俊郎] 人間の絶対的価値について――カントのいう「目的それ自体」に関する一考察
[斎藤稔章] 人倫的自然の真実の権利
[布施伸生] 意味の枠――フッサールの本質看取について
<特別企画>ウィルソン教授インタヴュー
XVII →リポジトリへのリンク17
(1990)
[武藤整司] デカルトの認識論における洗練の過程
[松田克進] 人間の行動の動機づけに関するスピノザの見解
[寺田俊郎] カントのいう道徳的なよさの検討
[斎藤稔章] 『ドイツ憲法論』の国家と社会
[樋口善郎] ヘーゲル哲学に於ける自己意識の問題性――『精神の現象学』を手掛かりにして
[松雄宣昭] フッサールに於ける二重の意識概念の批判的検討
[森秀樹] 近代批判の条件――「神話」を超える秩序形成の可能性をめぐって
[吉本浩和] 空間と存在――ハイデッガーを手掛かりとして
[中釜浩一] 現代時空論と不完全決定性の問題
[鬼界彰夫] 行為としての認識について
<特集>文献紹介――こころの哲学
XVI →リポジトリへのリンク16
(1989)
[濱岡剛] 探求の出発点としてのバイノメナ――アリストテレス『ニコマコス倫理学』の場合
[太田伸一] 『純粋理性批判』における概念と判断
[竹山重光] カントにおける体系的統一の理念について
[斎藤稔章] 人間的自然の真実の権利――チュービンゲン・ベルン時代のヘーゲル
[田中茂樹] ヘーゲル『法の哲学』における「意志」論――自由と自然をめぐって
<特集>カント文献紹介
XV →リポジトリへのリンク15
(1988)
[石川徹] ヒュームの信念の理論について
[白石裕巳] カントの「感性」についての教説――時空論の根底にあるもの
[子野日俊夫] 『純粋理性批判』における、判断の二つの定義
[中敬夫] 後期メルロ=ポンティに於ける「無―差別」――<<見えるものと見えないもの>>の批判的検討
[染田靖] 不確定性と不完全決定性――翻訳の不確定性のテーゼの一解釈
<特集>デカルト文献紹介
XIV →リポジトリへのリンク14
(1987)
[伊勢俊彦] ヒュームの知識論における自然な信念から学知への道程
[米田和夫] 「学」の成立についての一考察――『純粋理性批判』を手引きにして
[池田洋] 『純粋理性批判』における数学的認識の可能性について
[山本精一] カント実践哲学のおける「尊敬」の感情について――人間的意思への覚書
[佐野之人] ヘーゲル、青年時代の理想の実現としての『精神現象学』
[野村直正] 見るものと見えるもの――メルロ=ポンティの chair をめぐって
<特集>ヒューム文献紹介
XIII →リポジトリへのリンク13
(1986)
[倉田隆] デカルトにおける「枚挙」について――『規則論』規則 VII の検討
[松田京三] カントの空間論に於ける不一致対称物 (inkongruentes Gegenstuck) について――カントの空間論の一考察
[品川哲彦] 個体について――フッサールを手がかりとして
[中釜浩一] できごとと対象――ホワイトヘッド科学哲学の中心概念
[中敬夫] 創造の根源としての創造しないもの――ミシェル・アンリの超越批判をめぐって
XII →リポジトリへのリンク12
(1985)
[伊勢俊彦] ヒュームにおける対象同定の問題
[犬竹正幸] 『純粋理性批判』における図式論の意義
[望月俊孝] カント哲学における自然と自由との間
[鼓澄治] ヘーゲル『論理学』(第一版、第二版)における元初 (Anfang) の問題
[佐野之人] ヘーゲル『大論理学』「元初論」研究―― AB 両版の比較検討を通じて
[加藤恵介] 時間と図式――ハイデガーの時間性に於ける問題
XI →リポジトリへのリンク11
(1984)
[安藤正人] デカルトにおける「情念」の規定
[鬼界彰夫] 過程と選択――存在の基底としてのモナド過程について
[石川徹] 因果性と帰納法――ヒューム哲学における
[木岡信夫] 瞬間・同時性・持続――ベルクソン行為的時間
[松田毅] フッサールにおける間主観性の現象学――他者認識と知の客観性の根拠
[宮原勇] 『論理学研究』における普遍認識の問題
[伊藤徹] ハイデッガーの歴史経験
[木曾好能] ホッブズの道徳哲学――読書ノート
X →リポジトリへのリンク10
(1983)
[梁吉貴] 認識の階層構造について
[中村治] トマスにおける認識の構造について
[須藤訓任] 観想から自律へ――批判期前カントの人間観
[松田京三] カントに於ける空虚な空間の否定――カントの空間論への一考察
[犬竹正幸] カント『第一批判』における Realitat と可能性について
[小林富美子] カントの倫理学におけるア・プリオリな総合命題の可能性について
[吉田明] ヘーゲル精神現象学における理性、精神、法
[渡部菊郎] 真理的総合と時――ハイデッガー『カント書』の解釈の試み
[清水大介] 後期ハイデッガーに於ける有それ自身と有るもの
[野村直正] 行動概念の検討――メルロ=ポンティの構造の哲学
[梅原猛] 哲学するということ――日本原文化への問い
IX →リポジトリへのリンク9
(1982)
[安孫子信] 「コギト・エルゴ・スム」の一解釈
[酒井潔] Productio と Sequentia ――スピノザの場合
[大塚賢司] ロックにおける観念と実在
[吉田修] 『純粋理性批判』の叙述方法とその前提
[鼓澄治] 哲学とスケプティチスムス――ヘーゲルの echter Skeptizismus
[圓増治之] 哲学における「勇気」――ニーチェの場合
[田村均] 現象主義の検討
[レオ・ガブリエル](山下一道訳) 統合的思惟のゲシュタルトと構造
VIII →リポジトリへのリンク8
(1981)
[中島英司] デカルトの感覚知覚論
[平松希伊子] 空虚な空間をめぐって――デカルトとロック
[鬼界彰夫] 代数的精神――ライプニッツにおける認識と方法
[斎藤了文] カント哲学におけるアプリオリについて
[美濃正] 「経験の第二の類推」についての覚書
[竹田浩一] アクチュアル・エンティティの生態と矛盾
[辻村公一] Ereignis und Shoki(性起)―― Heideggers Denken inder Begegnung mit dem Buddhismus
VII →リポジトリへのリンク7
(1980)
[伊藤邦武] パースの記号論的認識論
[宗像恵] ライプニッツの物体論
[阿部未来] 理念性の構成
[冨田恭彦] 「対象」の問題――フレーゲの見解をめぐって
[高田珠樹] 解釈の創造性をめぐって――ハイデッガーとロムバッハの場合
[向井久] ヘーゲルにおける形成と承認
VI →リポジトリへのリンク6
(1979)
[小林道夫] デカルトにおける近代自然観の成立とその形而上学的背景序論
[児玉正幸] ニヒリズムとニーチェの三概念
[美濃正] カントの第一の二律背反について
[浜野研三] Hard-headed Materialism について
[魚住洋一] フッサールにおける現象概念
V →リポジトリへのリンク5
(1978)
[伊藤邦武] 『論理哲学論考』における「思考」と「自我」の規定
[北岡武司] カントの超越論的自由
[宗像恵] ライプニッツにおける偶然性の問題
[阿部未来] 生活世界の問題
[中山善樹] ハイデッガーの根本問題(続)
[岩熊幸男] ライプニッツの内包論理―― Generales Inquisitiones の一解釈
IV →リポジトリへのリンク4
(1977)
[山田弘明] 「クレルスリエ宛のデカルトの書簡 (1646 年 1 月 12 日付)」の訳解
[長岡成夫] ヒュームの「道徳感 (moral sense)」
[藤田正勝] イエナのヘーゲルと「精神現象学」
[竹内亨] ハイデッガーに於ける真性の問題(続)
[中山善樹] ハイデッガーの根本問題
III →リポジトリへのリンク3
(1976)
[竹内亨] ハイデッガーに於ける真性の問題
[権八哲明] Rede−<有と時>−に於ける言葉の問題
[塚本正明] ディルタイにおける「相対性」の論理的基礎構造
[亀山純生] フォイエルバッハ『キリスト教の本質』における「人間の本質」
[中岡成文] 若きヘーゲルの書物における人格・静安・記憶等のモチーフ
[牧野広義] ヘーゲル論理学における矛盾論
II →リポジトリへのリンク2
(1975)(品切れ)
[小川侃] 嘔気――現象学的存在論的探求(その1)
[中山善樹] 前期ハイデッガーに於ける「有」と「時」の概念に関して
[入江重吉] ヘーゲルの目的論――その主題と基本的視座
[種村完司] 理念と客観的真理
[山下一道] 純粋理性批判における人間認識の超越論的構造
[河野勝彦] デカルトと数学
I →リポジトリへのリンク1
(1973)(品切れ)
[野田又夫] 日本思想史の一般的特徴
[小川侃] シェリング後期哲学の方法および立場
[塚本正明] ディルタイにおける「体験」について
[小浜善信] アウグスティヌス「三体一体論」の imago Dei
[中沢義和] ベルグソン試論
[尾関周二] ヘーゲルの「概念」について
[岩本光悦] 有の有限性
[碓井敏正] マルブランシュの認識論
[向井俊彦] ヘーゲルによる分析的方法と総合的方法の批判について
[溝口宏平] ハイデッガーに於ける有の問と歴史
[小林道夫] フッサールの現象学的反省の二面性の問題
京都大学哲学研究室